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2006年05月31日

第16回 ロンダ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
第16回は切り立った崖の上の町ロンダです。

名称Parador de Ronda

切り立った「タホTajo」と呼ばれる崖の上の台地にある町として有名なロンダ。

グアダレビン川渓谷に架けられた200年前のヌエボ橋、この100mを越す絶壁を見下ろすヌエボ橋のたもとに1994年、この新しいパラドールが開業されました。

18世紀から1979年まで市庁舎として使われていた建物とそして市場があった所を使ってパラドールを造ったという。

スペイン広場に面した正門の部分に市庁舎の面影を残す一方、玄関ロビーの入り口は大胆な前衛的デザインのしゃれたパラドール、勿論1年中観光客の絶えることのない大人気のパラドールだ。 もう既に2002年の予約が入ってきているというから驚きだ。

客室は険しい崖に面したスリル満点の部屋、お庭のある部屋などバラエティーに富んでいて、中にはDuplexなメゾネットタイプのスウィートの部屋もある。
スタンダードの部屋もかなり広くゆったりと作られている。
玄関ロビーを含めて1階は明るい吹き抜けのサロンで広々とした空間を生み出している。
レストランは階下にあり、渓谷の眺めが素晴らしい。

  

ヘミングウェー、オーソンウェルズ、東郷青児etcと文豪や有名な画家が闘牛(発祥の町)、や景観にひかれてやってくる人が多い、とても魅力的な町ロンダである。
マドンナもこのパラドールに滞在して、プロモーションビデオを制作している。

市内の見所も多いが周辺にも訪れる処が多くあり、パラドール自らもしくはExcursionの紹介も行っている。
"Pileta"の洞窟、ローマ時代のロンダの遺跡、Grazalema、Zaharaなど素朴な白い町や自然を訪ねるコース、また馬に乗ってのこうしたExcursionもある
ちょっと変わったところでは気球でロンダを空から見るというのもある、お値段は20000ptsと少し高めだが(朝食付き)・・・。


☆闘牛の話

ロンダには昔山賊が住み着いていたらしい。
タシカに断崖絶壁に張り付いているような町の怖いような景観を見ると成る程とうなずくものがある。
そんな景観とは別に、ロンダは近代闘牛発祥の地として知られているのです。
それまでは闘牛と言えば貴族が馬に乗り、野生の猛牛と槍で戦い、倒す。と言う貴族の遊び、ゲームだったのですが…。
それが、1698年のある日、この町で或る事件が起こりました。
この遊びに興じていた貴族の馬が野牛の角に突かれて馬が倒され、貴族は地面に叩き付けられます。
馬は牛の角で八つ裂きにされ、貴族にも襲いかかろうとした、その時、下働きの使用人の男が野牛の前に立ちはだかり主人を助けるのです。
手に持った帽子をムレータ(闘牛士が使う赤い布)のようにかざし、猛牛を何度もやり過ごし、観衆はこの妙技に拍手喝采をします。
そう、この男こそ貴族の遊技を芸術にまで高め、近代闘牛を生んだフランシスコ・ロメロなのです。

そして、この町には1785年に建設されたスペイン最古の木製の小さな闘牛場があり、モチロンこの闘牛場は現在でも使われています。
観客席は陽の当たるソルSolと日陰のソンブラSombra、そして中間のSol y Sombraとに分かれており、もちろんアンダルシアの暑い夕日を受けるSolが大衆席です。
闘牛場の観客席下の狭い空間を利用して闘牛博物館が作られており、ロメロ一族(フランシスコ・ロメロと息子、有名な孫のペドロ・ロメロ)、他ロンダの英雄たちの衣装や写真が展示されています。

貴族の遊びから、今度は腹を空かせた若者が死と向き合い、富と名声を得るためのハングリースポーツ、芸術となったのです。
一時、闘牛人気が衰えたときもありましたが、現在は伝統の復活で多くの若者が闘牛士をめざしています、が、成功するのはほんの一握りでしかありません。

殺された牛はどうなるのでしょう?
貴族の遊戯だった時代には、殺された牛の肉は貧しい人たちに分け与えられたという慈善的な意味も持っていたようです。
ただ、野生の雄牛の睾丸は精力剤として、牛を殺した貴族が食したようですが…。
現在も闘牛場には屠殺場が併設してあり、食肉として供されているそうですが、やはり肉は固いとか…、でもどう猛な野牛の肉ということで結構人気があるそうです。

闘牛はスペインの中でサッカーと並ぶ人気スポーツです。
好カードのチケットは何十倍ものプレミアムが付きますし、それでも入手困難な場合もあります。
開催は通常は夏期の日曜日ですが、マドリッドなどでは連続開催もあります。
観戦希望の方は早めにチケットの手配をした方がヨイでしょう。

by"よっぴ"

2006年05月30日

第15回 クエンカ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。

さて「パラドール紀行」ももう15回になりました。
今日のパラドールはボクの大好きなパラドール「クエンカ」です。
マドリッドとバレンシアの中間にありますから時間のある方は是非寄って見て下さい。
旧市街から歩いて15分位、有名な「宙づりの家」の側です
泊まれなくてもサロンでお茶の一杯でも如何ですか?

名称Parador"Convento de San Pablo"サン・パブロ修道院のパラドール

クエンカのパラドールへはマドリッドのアトーチャ駅から2時間半、バレンシアからなら3時間半の位置にあります。

マドリッドのAutoResのバスターミナルからも毎日5?8本のバスがやはり2時間半で結んでいて、パラドールの中でも非常にアクセスがしやすいパラドールと言えるでしょう。
申請中のスペインご自慢のAVEが停車するようにでもなればマドリッドからもバレンシアからも1時間足らずで結ばれてしまうのです。

クエンカはフカル川とウエカル川に挟まれた石灰岩の台地にあり、浸食された急峻な小道が多く、その景観は「魔法にかけられた都市」と呼ばれていて散歩には絶好です。

クエンカの町は中世の雰囲気を残しながら、抽象画の美術館や、最新の展示手法を取り入れた科学博物館もありとてもアカデミックな雰囲気も持っているのです。

パラドールは町の中心街からは少し離れていて、有名な宙づりの家はウエカル渓谷の川を挟んだ反対側にあり、サン・パブロ・プエルトの吊り橋で結ばれています。
ゴシック様式のこの建物は16世紀に建てられたサン・パブロ修道院を改装して1993年パラドールとして生まれ変わったものです。 聖週間(セマナ・サンタ)にはこのパラドールはクエンカの宗教音楽コンクールのコンサート会場として使われます。
此処のパラドールの特色は何と言っても広い回廊でしょう。 糸杉の美しい中庭を取り巻く回廊はまるで部屋のように広く回廊全てがサロンとして客の 憩いの場となっています。
天井も通常の2倍はあるでしょうか、石造の壁と木組みの天井との取り合わせが何とも見事です。この回廊のサロンのソファに坐るだけでこのパラドールの価値が感じられるでしょう。
部屋のインテリアには5種類あるのですが、どれも明るく広々として気持ちがいい部屋だ。 すべて、木製の重厚な扉がついていて床は柔らかく暖かい感触の煉瓦タイル張りになっています。 白の引っ掻き模様のついた漆喰の壁にベッド、ベンチ、書机、鏡・・・家具調度品は全てシックな木製で揃えてあります。

南向きの部屋の窓からは夜になると宙づりの家がライトアップされているのが見えます。
因みにこの宙づりの家は14世紀に建てられたもので現在は抽象画美術館とレストランとして営業されています。
週末には宙吊りの家だけでなく、岩肌全部がライトアップされ、とても美しい…。

尚、このパラドールにはスペイン、日本の両皇太子殿下もお泊まりになっています。


☆シウダ、エンカンタダ(Ciudad Encantada)

山道ということで運転に自信のない私はタクシーに乗ることにした。
往復に1時間半、現地での見学に1時間半、計3時間で6000ptsとのこと。
道は考えていたよりもはるかに広く舗装されておりカーブもきつくない。
これなら自分で運転してもヨカッタかな?とも思ったがタクシー料金の安さとクエンカの町中の不案内を考えるとタクシーが正解か?とも思うことにした。
このクエンカから35kmほど緩やかな道を登っていくとシウダ、エンカンタダ(Ciudad Encantada)・・・がある。
行く途中の道路には動物注意の標識があり、羊ややぎが横断する。時折迷子になった子羊が道路脇をうろついているのが何とも愛らしい。

ここは500ペセタほどの入場料が必要だ。
おみやげ物屋を兼ねた切符売り場で入場券を買って入ると切符売りのおばちゃんが通る
順路を教えてくれる。
ほぼ1周1時間、矢印に沿っての一方通行のトレッキングだが道はなだらかで歩きやすい。
ただ標識の矢印が少ないのでこれを見落とすと思わぬところに出てしまい後で出口がわからず焦ることになる。
その為にもチャンと行き帰りのルートを守って歩いた方がいい。

ここは石灰岩が風雨で浸食され地表にキノコや動物の形に固い地層が残された奇岩が多数ある。

石灰岩の浸食でできた岩盤には所々深く窪んだ溝があるので決して矢印のない場所は歩かないことだ。

ここに行くには、パラドールでタクシーを予約してもらうのが良いだろう、往復で約1時間半、現地で1時間半程、計3時間のコースで6000ペセタかかるが数人で行けば
僅かな金額だ。
スペインの文化遺産を見疲れた人にはこれまた新鮮な自然遺産だろう。

by"よっぴ"

2006年05月29日

第14回 セオ・デ・ウルヘル

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
スペインと言うと、どうしても情熱の国、灼熱の大地、輝く地中海といったイメージが強いのですが、今回はスペイン北東部ピレネー山脈のふもとの町セオ・デ・ウルヘルです。

名称「Parador de Seo de Uruge」セオ・デ・ウルヘルのパラドール

バロセロナからバスで3時間セグレ渓谷を越えるとセグラ川とバリラ川が合流する美しい町セオ・デ・ウルヘルの盆地が見えてきます。
ここから、もう10kmも走ればアンドラ公国に着いてしまうというピレネー山脈のふもとの町。セオとはアラゴンでは教会を意味するそうです。
山中の小さな町ながら宗教的には非常に重要で、ローマ法皇以外に世上権を持つ聖職者はこの町の司教だけだという。
自然にも恵まれ、セグレ川の渓流では釣りやカヌーが盛んで1992年のバロセロナオリンピックではカヌー会場として使用されました。

パラドールはロマネスク様式のサンタマリア大聖堂のすぐそばに位置しています。
このカテドラルは北イタリアのロンバルディア様式の影響を受けて11?12世紀にかけて作られたもので、南側には13世紀の内庭回廊があり11世紀のサン・ミケル教会に続いています。
また、カテドラルと反対側には、数年前まで使われていたという立派な神学校が町のシンボルとして3棟並んで建っています。
カテドラルを取り囲むように毎週火曜と土曜日には市が開かれチーズやソーセージ、野菜、衣類、日用品といったものが売られています。

14世紀にサント・ドミンゴ教会と修道院があった場所に新築されたパラドールですが、回廊のついた中庭は見事に復元されています。

このパラドールの特色は何と言っても修道院の回廊とパティオをそのまま利用したサロンです。このサロンの為にパラドールが作られたと言っても過言ではないでしょう。 中世そのままのアーチ型石柱で飾られた回廊には各所にソファが置かれ、ほの暗く瞑想に耽るのに最適な空間です。

回廊に囲まれた中庭の部分は一段掘り下げられ、天井は3階まで吹き抜けとし、尚天井から自然の明かりを取り入れて広々とした落ち着いたサロンを構成しています。
フロアにはクラッシック音楽が流れ時間の経つのを忘れてしまうでしょう。

レストランの料理も美味しく、挨拶に来られたコックさんも、とても気さくでアットホームな雰囲気いっぱいのパラドールでした。


☆Andorraアンドラ公国

セオデウルヘルの町から10kmたらず、そこはピレネーの小国アンドラ公国だ。
面積468平方キロメートルに約5万人の人口しか居ない。
スペインとの国境には税関の職員が検問らしきものを行っているがアンドラに入るときは全くのフリーパス、クルマのスピードをちょっとおとす位で通り過ぎてしまう。
逆にアンドラからスペインに入るときには税関のチェックがある。
ノータックスのアンドラから酒やタバコを規定以上持ち込んでいないかを調べるためだ。
行きはヨイヨイ、帰りはコワイということか。

アンドラは国民への課税はなく、関税もないので全てがデューティーフリー店となっていて、買い物の観光客も多く「ピレネーの香港」と呼ばれているらしい。
人口5万人に対して観光客は200倍の1000万人を越えるというからスゴイ。
ガソリン代は税金がかかるとのことだが、それでも税率が低いのかスペインよりも2割程度安い。

町中は大型のショッピングセンターやガソリンスタンドが、そこかしこにあり、とても賑わっている。
通貨はスペイン・ペセタもフランス・フランも使えると言うより自国の通貨を持っていないのだ。
郵便ポストはフランス行きとスペイン行きとに分けられ、国内だと切手もいらないそうだ。
勿論、買い物目当ての観光客ばかりでなくトレッキングやスキーなどのピレネーの大自然に浸りに来る客も多い。

アンドラは789年シャルルマーニュ大帝がイスラム教徒を追放して建国されたもので、
領土争いの末1278年からはフランスのピレネーオリエンタル県知事と公爵権をもつウルヘルの司教によって共同統治されることになって今日まで続いている。
そのため、毎年、アンドラは交互に960フランと460ペセタを支払っており、クリスマスにはおんどり12羽、野カモ12羽、チーズ12個、生ハム6本を献上する習わしが今に続いている。
勿論、首都アンドラ・ラ・ベリャには独立した政府、議会があり共同統治国とされるスペイン、フランス両国は議員をそれぞれ2名送り込めるだけだ。

by"よっぴ"

2006年05月27日

第13回 レオン

はろはろ今日わ?!"よっぴ"です。
さて、前回のサンティアゴのパラドールは如何でしたか?
サンティアゴがパラドールの東の横綱とすれば西の横綱はレオンです。
(位置的にはレオンが東ですがね)
ット言うことで今回、第13回の「パラドール紀行」はレオンです。

名称Hotel "San Marcos"

サンティアゴ巡礼路で最大の町レオン、11,12世紀にはキリスト教徒最大の都市として栄えた町だ。
ここレオンのパラドールは、すべてのパラドールの中で最大かつ、一番荘厳・華麗なパラドールと言っていいだろう。
パラドールの中で5☆が付けられているのは、このレオンの他にはサンティアゴと新しく加わったカンガス・デ・オニスの3つだけだ。

パラドールの前のサン・マルコス広場は整備され、広い敷地に石のタイルが敷き詰められ、何十もの小さな噴水が変化を付けている。 夜になるとこの噴水とパラドールがライトアップされて素晴らしい。

この建物は1515年に建設が始まったが完成は18世紀の始め、実に200年かかっているのです。
当初はサンティアゴ騎士団が巡礼者のために救護院として建設されたものがサン・マルコス修道院になり、現代に至ってパラドールとして使用されるのです。
建物の長さは100mにも及び、プラテレスコ様式の外観がまことに見事だ。
回廊や教会、聖歌隊席などは当時の姿を残す一方、かつて巡礼者達に安らぎを与えてきた客室や館内は注意深く念入りに改修され美術品で見事に飾られている。

  

パラドール一美しいと言われる玄関ロビー、元会議室に使われていた風格のあるサロン、回廊を見下ろすスウィートルームや中世の雰囲気を持つ調度品で飾られた客室など、博物館に泊まるような錯覚を起こさせるかもしれない。
このパラドールで一夜を過ごすのはスペイン旅行でも最高の贅沢と言ってよいだろう。。

  


パラドールから歩いて15分、レオンの町にはスペイン3大カテドラルに数えられる、美しいステンドグラスに飾られたゴシック建築のカテドラル、ロマネスク様式のサン・イシドロ教会、ガウディの設計したカサ・デ・ボディネス(Casa de Botines現商業銀行)など見所もいっぱいあります。

  
中世の雰囲気を残す、バルが立ち並ぶ飲み屋街(水商売の町Barrio Humedo)もあります。 また、46km離れた巡礼の町アストルガにはルネッサンスやバロックの混じった素晴らしいカテドラルとガウディの設計による司教館がある。 この司教館内はサンティアゴ巡礼博物館として中世の美術品が展示されています。

☆コーヒーの話

ボクはコーヒーが大好きだ。
もちろんスペインでもコーヒーを沢山飲む。
スペインのコーヒーは昔から南米とのつながりが深かったせいかとても美味い。
バルでコーヒー、カフェを頼むと日本で言うエスプレッソをもっと濃くしたようなヤツが出てくる。スペインではカフェ・ソロというヤツだ。
スペインではほとんどの人はそれにミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいる。
これをカフェ・コン・レイチェと言う。
コンは英語で言うwith、レイチェはミルク、つまりミルク入りコーヒーだが、スペイン人はこれにたっぷりと砂糖を入れて飲む。
まあオレンジジュースや中華料理のウーロン茶にもたっぷりと砂糖を入れる国民だからその量も半端じゃあない。
カフェ・ソロにミルクをチョットだけ入れたのをカフェ・コルタードと言う。

ボクもカフェ・ソロは濃すぎるのでいつもカフェ・コン・レイチェを頼んできた。
でも、やっぱり日本での「フ・ツ・ウのコーヒー」をブラックで飲みたくなる。
そんなときには大きなホテルに行き、カフェ・アメリカーノと頼んでいた。
これでも日本で言うアメリカンではなく普通のコーヒーよりもチョット濃いかな?という程度だ。
此処数年、スペインでもカフェテリアが大流行して大都市では何軒もコーヒー専門店が出来てきた。
勿論、そんなカフェテリアではカフェ・アメリカーノで通じる。
そして嬉しいことに、一般のバルでもカフェ・アメリカーノと言っても「バレ!」(OK)の答えが返って来るようになってきたのだ。
もっとも「バレ」と言う返事があってもカフェ・ソロが出てくる可能性が高いが・・・。

そんなときには「アグァ・カリエンテ、ポルファボール」(お湯を下さい)と言おう。
何のことはないお湯を頼んで自分で好みの濃さに薄めればイイのだ。
こんな些細なことに気づかないでわざわざ大きなホテル(あるいはマクドナルド)を探して高いコーヒー代を払ってきたのだ。
因みにホテルだと300?400pts位、それがバルで飲めば150ptsで済んでしまうのだから。
もっとも、400ptsでも250円、150ptsなら100円と日本に比べれば滅茶苦茶に安いのだが・・・。
モチロン、最近流行っているお洒落なカフェテリアでも値段はバルと変わらない。

アイスコーヒーは日本独特のモノらしく、これはカフェテリアでもメニューにはない。
アイスコーヒーが飲みたいときにはカフェ・コン・イエロと言おう。
カフェ・ソロ(濃いコーヒー)とガラスに入った氷を一緒に持ってくるだろう。
元もとコーヒーを冷たくして飲む習慣がナイのだから不思議な顔をされるかもしれない。
熱いコーヒーに砂糖を溶かしてグラスの氷に注げば出来上がり。
ミルクも欲しかったらコン・レイチェ、コン・イエロだ。
バルのオヤジは君のパフォーマンスを見て妙に感心するかもしれない。

最近、大都市では紅茶が流行しているらしく、カフェテリアならぬテテリア(紅茶専門店)
をあちこちで見かける。
そしてナント、ビール専門の店セルベテリアも出来てきた。

by"よっぴ"

2006年05月26日

第12回 サンティアゴ・デ・コンポステーラ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。

今日はホテル好き、パラドールファンなら一度は泊まってみたい、サンティアゴ・デ・コンポステーラです。
社会科の好きな人なら知っているとおり、ここサンティアゴ・デ・コンポステーラはキリスト3大聖地の一つで、今なおこの聖地を目指して世界中から巡礼者がやってくるのです。

スペイン語でサンティアゴとは聖ヤコブのことを指し、コンポステーラとはラテン語で星の原っぱと言う意味だそうです。 ヤコブとはキリスト12使徒の一人でヤコブ兄弟の兄、大ヤコブのことで12使徒の中でも最もキリストに近い存在と見なされていました。

その為、ペテロが眠るローマと同格と言うことでサンティアゴが3大聖地に数えられているというのです。
聖ヤコブはスペインで伝道したあとパレスティナで殉教し、その首ナシ遺骸が弟子の手によってスペインに運ばれたというのです。

それが、ナントマア不思議なことに、800年も経った9世紀初頭に司教テオドミーロが星に導かれて、聖ヤコブの墓を発見するのです。
そしてアストゥリアス王のアルフォンソ2世がこの墓の上に教会を建てさせます。

レコンキスタが続く中で聖ヤコブはキリスト教の守護聖人とみなされて、苦戦が続くと白馬にまたがった聖ヤコブが助太刀に現れてはイスラム教徒を殺したというのです。 つまりレコンキスタを遂行する上での精神的なエネルギーとなったのでしょう。 実際、イスラム軍と戦うときには"サンティアゴ!"と声を上げながら突撃していったのです。 面白いことに、日本でも、天草の乱のときに弾圧を受けたキリスト教徒たちが「さんちゃご!」っと叫びながら戦ったという記録があるそうです。 教会は1078年から建て直され、現在の教会は1128年に完成しています。 当時とすれば、たった50年であれだけの大聖堂を完成させたのは驚くべき早さと言えるでしょう。

名称「Hotel"Reyes Catolicos"」カトリック両王のホテル

エルサレム、ローマに並ぶ、世界で三番目のキリスト教の聖地サンティアゴには中世から今なお、あらゆる階層の、多くの巡礼者達が各地から毎年集まって来ます。 交通の発達した現代でも、フランスからピレネー山脈を越える「サンティアゴの道」を歩き続けてきた巡礼者もいれば、観光バスに乗ってくる旅行者もたくさんいます。 しかし、目指す目的地は、サンティアゴ巡礼路の終着地であるサンティアゴ大聖堂です。 そして、その大聖堂と同じく、オブラドイロ広場(スペイン広場)に面して建つ芸術的建造物がパラドールなのです。
1499年にアラゴンのフェルナンドとカスティーリャのイサベルのカトリック両王によって建てられた王立病院兼巡礼者の宿泊施設が450年以上経ってホテルとして蘇る、まさにパラドール中のパラドールとも言えるでしょう。
フレスコ様式の彫刻の施されたファサードの入り口を抜け中にはいると右手にレセプション、正面に王の礼拝堂があります。
その広い空間を利用して現在は絵画の展覧会の会場などやコンサートにも利用されています。
プラテレスコ様式の4つの中庭を囲む十字型の建物は修復されてはいますが、当時の姿を残しているのです。

サロン、バル、レストラン、パティオ、何処に身を置くにしても、何をしていても決して飽きさせることがないパラドールと言えるでしょう。

一般の宿泊客が、このパラドールからオブラドイロ広場、つまり大聖堂を眺めることができるのは二階にある朝食と昼食に使われるレストランだけです。 ット言うのは、三階にはオブラドイロ広場に面した特別室が三つあるのですが、二部屋はいつも政府が借り上げており、あとの一室もほとんど貸し切り状態なのだそうです。
この中でも301号室はローマ法皇や歴代の大統領が泊まっていると言う特別室です。 フェロール出身の独裁者フランコも当然何度もサンティアゴを訪れているのですが、残念ながら、この301号室には泊まったことが無いそうです。 何故なら、サンティアゴで一番エライのは大聖堂の司教であり、どういうわけか、彼はフランコが大嫌いで、フランコがサンティアゴを訪れるときには必ずこの部屋に自分が泊まってフランコの宿泊の邪魔をしたらしいのです。 5つ☆とは言え一般の部屋は特別豪華なわけではありませんが、歴史の重みを感じながら眠る一夜は特別な感慨があるでしょう。

サンティアゴは数多くの修道院、教会、魅力溢れる活気ある旧市街、16世紀に創立された大学、と非常に見どころの多い町です、町の散策とパラドールでのゆったりとした落ち着きの時間、一泊で去ってしまうのには如何にも惜しいのですが・・・。

  

☆水

日本人旅行者がスペインで、一番最初に買う物、必要な物と言えばミネラルウォーターでしょう。
勿論、スペインの水道の水が飲めないわけではないし、実際スペインの人は水道の水も飲んでいます。しかし、一部の地方を除いては水道の水は美味しくないし、観光客はペットボトルの水にお世話になることになります。
特に夏のアンダルシア地方は気温が50度を超えるときもあり水は欠かせません。
日本と同じように小さいのと大きいのがあるが値段はさほど変わりません。
銘柄や買う場所にもよっても多少の値段の違いがありますが、一般に、小さい500mlで100?150ペセタ、大きい1.5リットルで200?250ペセタ位でしょう。
大きいのがお得なンですが、スグに温くなってしまうし、持ち運びを考えると小さいのを何回も買うことになります。
町中のバルや薬局で買うのが普通でしょうが、観光地ではどこでも買うことができます、時には、水売りの屋台が出ていたり、自販機も良く見かけます。
ただ自販機は壊れていることが多いので他の人が買うのを確かめてから買ったほうが良いでしょう、でないとお金だけ吸い取られてしまうことがヨクありますからね。。。(笑)
最近、水売りの屋台では水が半分凍ったペットボトルが売っていることがありますが、これは、夏の観光客にとってはありがたいものができたと思いました。
まあ、1時間も持たずに解けてしまいますが…。
(ホントは甲子園のカチ割りがイインですけどね)
ボクは日本茶のティーバックを持っていき、水だし茶として飲んでいます。
小さいボトルなら一つ、大きいボトルなら3つ程、瓶の口からティーバックを入れて、ホテルの冷蔵庫に一晩置くと丁度ヨイ濃さで美味しい水だしお茶が飲めるンですよ。

ところでスペインに来て早々、下痢をした、お腹が痛いという人が時々います。
先ず、一番最初に疑わられるのが水と料理なんですね、ミネラルウォータを飲んでいたし何故?ット最後には「あっ!きっと水道の水で歯磨きをしたからだ・・・。」っとまで言い出す人もいるらしいのです。
スペインの水道だってチャンと滅菌してありますから細菌の心配はナイと思うのですが(笑)、まあ大抵は長い旅による少々の疲れと、暴飲暴食でしょう。
時差や寝不足の上に、添乗員さんによると、只だとばかり機内食やホテルの朝のバイキングで食べまくる人が以外と多いようです。
あと、注意しなければいけないのはミネラルウォーターの飲み過ぎがあるンですね。
ミネラルウォーターだから安全とばかり水をがぶ飲みする人が案外多いようです。
普段あまり水を飲まないのにペットボトルを持っているからつい口に運んじゃうンですよね。それと、水の質の問題があるのです。
スペインの水だから悪いと言うことでなく本当のミネラルウォーターなのです。
ッというのは日本の水はいわゆる軟水で、純粋に言えばノンミネラルウォーターと言えるンですよね。
つまりスペインの水(ヨーロッパ一般)は非常にミネラルに富んでいて日本の水の20倍から100倍ものカルシウム分が含まれているのです。
つまり、このミネラルいっぱいの水をがぶ飲みすれば多少、オナカがゆるむのはあたりまえなのです・・・。
別に悪いモノを食べたわけでもないのですから、こんなときには少し身体と胃袋を休ませればスグに治るのです。
逆に、細菌によるものではないのだから抗生物質やセイロガンは腸の菌を殺すので飲まない方がヨイと思います。飲むならビオフェルミンなどの整腸剤で様子を見ましょう。

スペインではマドリッドとグラナダの水は美味しくて水道の水も飲めると言われています。
逆に絶対に飲まない方がヨイだろうと思うのはバロセロナの水です。
あまりに不味いのでバロセロナ市民でもそのままでは飲まないそうです。
一度、バロセロナのマクドナルドでアイス・ティーを飲んだとき、砂糖が入っているのはスペインだから驚かなかったのですが、ナント!、ショッパイのです。(笑)

レストランで水を頼むときには当然有料ですが、炭酸ガス入り(アグア・コン・ガス)かガスナシ(アグア・シン・ガス)か聞かれます。
普通はガスナシが多いのですが、スペイン料理には何故かコンガスの水が良く合います。

2006年05月24日

第11回 シウダ・ロドリゴ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今日も改装したばかりの素敵なパラドールを紹介しましょう。
それはサラマンカから南西に国道E80号線で約100km、ポルトガル国境に近い町シウダ・ロドリゴです。

名称「Parador"Enrique?"」エンリケ2世のパラドール

サラマンカから約100km、バスでも電車でも1時間20分ほどで城壁に囲まれた町シウダッ・ロドリゴに着きます。
ポルトガルとはアゲダ川を挟んでローマ橋が架かっています。
アラブの侵略に対して12世紀ロドリーゴ・ゴンザレス伯爵によって町が再建されるのですが、それが町の名前になりました。
しかし、国境沿いということで、その後は常にポルトガルとの争いが絶えなかった地域です。
パラドールの名称となっているエンリケ2世とは14世紀にこの地を征服して、宮殿を建てた城主の名前です。
この町は全体が1944年に国の重要文化財に指定されました。

ケルト人の遺物といわれる石の野豚の彫像がある広場から、アーチ型の小さなエントランスを入るとそこはもう中世の城内の世界が広がります。
こじんまりとして上品なフロントの横から外に出ると塔の屋上に出る階段があります。 上に登ると、そこからはアゲダ川とそれに架かるローマ橋、町並み、広々とした畑が一望できるのです。
パラドールの開業は1931年ですが、去年からの大改修で全く新しい素晴らしいパラドールとして2000年10月1日に再オープンしたのです。 とくに目を引くのは、吹き抜けや通路となっている部分には全てガラス張りの屋根を付け、明るいサロンとして利用されていることです。
わずか数段の階段にも車椅子用の電動昇降機を付けるなど身障者にも対応しているのも印象的です。
客室の床は赤茶色のタイルが貼られて、ベッドもソファも重厚でどっしりしているが、部屋の中は明るく広くとても清潔な感じで心地よいでしょう。

このお城の中で、中世の雰囲気を一番感じるのがアーチ型の壁をもつレストランです。
入り口手前のサロンには甲冑が飾られておりムードをもりあげています、また天井の太い梁とアーチ型の壁がとても素敵です。

町の中心マヨール広場には市庁舎とカサ・デ・ロス・クエト(館)のルネッサンス時代の建物があり、カテドラル、セラールボ礼拝堂など見どころがあります。
目と鼻の先のポルトガルに足を延ばすのも良いのですが、此処まで来たのならぜひラ・アルベルカに行ってみては如何でしょうか?
中世の雰囲気をそのまま残す、村全体が国の文化財に指定されていて、スペインの美しい村に必ず上げられているほどです。

  

☆ チップ

今日はちょっとチップについて話してみたいと思います。
チップと言うと欧米特有のものだと思われがちですが、日本でも旅館に泊まったときなど、仲居さんに心付けをあげたりしますよね。
この場合でも、旅館はサービス料を取っているから必要ないと言う人と、イヤ、部屋の係りの人には別に出すべきだとか…。
こんな話を最初にしたのは、同じように欧米人もチップに関してはかなり意見も分かれるし、悩む人が多いということなんです。
ですから、これから言うことは、あくまでボクの感じることであって決まりではありませんので宜しくお願いいたします。

一般的にスペインではアメリカほどチップに関してうるさくはないようです。
先ずホテルですが、ツァーの場合ですと大抵一人100pts(高級ホテルだと200pts)位、いわゆる枕銭としておいて下さい、とガイドさんから言われることが多いと思います。
これも1泊だけだったら置く必要はないと言う方もいます(特にアメリカ人はホトンド置かないとも聞きます)。
或る添乗員さんに聞いたのですが、自分のツァーグループの人には必ず枕銭を置くように頼んでいるとのことでした。
日本人グループは枕銭を置くのが習慣になっているので、置かないと、その添乗員が次のグループを連れて行ったときに意地悪をされることがあるそうです。
具体的にはサービスが悪くなったり、部屋のアメニティの数が減ったりするらしいです。
ット言うこともあり、ツァーの場合はチップは置いたほうがイイと思います。
個人旅行の場合は連泊の場合は掃除代として置きますし、1泊でも不快なことがなければ
大抵は置きますが基本的には自由で良いでしょう。
逆に、荷物の運搬はグループの場合は添乗員がまとめて払いますから必要ありませんが、
個人の場合は荷物1個に100pts位出すのが普通です。
熱い湯や氷を持ってきて貰う、ドライヤーが無いときに借りる、「悪いな?」なんて思わずにどんどん頼みましょう。
でも一回に100pts位のチップを忘れずに。

レストランでは通常10?15%のチップを払うと本には書いてありますが、こんなに払う人はスペイン人では先ず居ないでしょう。
まあ、金額にもよりますが、多くて10%迄でしょう。
また、日本人の場合、スペイン人よりも食事の量が少ないので、スープは別でもサラダや料理は二人で一品で十分だという場合もあるでしょう。
こんなときには無理して注文せずに料理は一つでよいと言えば、食器やお皿を余分に持ってきてくれたり、或いは料理を別に分けてくれるでしょう。
こんなときには少し余分にチップを渡せば良いのです。

タクシーはお釣りの小銭を渡すくらいで基本的にはチップの必要はありません。
良くタクシーに「ぼられた!」というような話を聞きますが、大抵の場合は空港乗り入れ料金の加算、荷物料金(トランクに入れる荷物には1個につき100pts位かかる)、人数の割り増しとかを入れてないだけのことのようです。
まあ、それにちゃっかりと自分へのチップを加える運転手も居るようですが大した額ではないようです。

バルやカフェテリアではチップの必要はありませんが、食事用のテーブルクロスを敷いてくれた場合には必要でしょうし、単にトイレを借りただけの場合には25か50ptsの小銭を置けばよいでしょう。

by"よっぴ"

2006年05月23日

第10回 ビラルバ

はろはろ?!こんにちは?、"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今日は2000年に増築されたばかりのビラルバのパラドールを紹介いたしましょう。
この増築は単なる部屋数を増やしたというだけでなく、このビラルバのパラドールの営業はもちろん、他のパラドールのこれからの営業にも大きな影響を与えるでしょう。

名称Parador"Conde de Vilalba

城壁の町ルゴから36km、ア・コルーニャから86km、ビラルバの町中、アンドラ家の古城、と言っても塔の部分しか残っていないのですが、この素晴らしい八角形のロス・アンドラデの塔を中心に改装され、1967年パラドールとしてオープンしました。 かつては塔の部分のみでの営業で、客室は僅か6室しか無くパラドールでもっとも小さな規模でしたが、塔に隣接して2000年に新しい建物が造られたのです。 これをガラス張りの廊下でつなぎ両者を上手くミックスさせて全く違和感を感じさせない素晴らしいパラドールに生まれ変わりました。

町中にあるために敷地にゆとりが無く駐車場も地下に設置されています。
塔の部分は以前のまま、各階2室づつの計6室を残してありますが、新館に35室造られ、全部で41室の立派なパラドールになりました。

新しい建物と言っても塔の部分と一体化させた新館の客室は中世の雰囲気を残しながら、
明るくゆったりとしており、いずれもエレガントに装飾され申し分のない部屋です。
旧い塔の客室か新しい部屋にするかは選択に迷うことでしょう。

塔の建物は地下室をコンベンションホールとして会議などに使い、1,2階は吹き抜けで、石造りの壁と黒光りする木材に飾られた素晴らしいサロンとして使われています。

  
塔内の三階から五階には各二部屋づつ配置されていますが、いずれの部屋もスウィートタイプの広々とした重厚な石壁で囲まれ、中世の雰囲気がたっぷり漂っています。
塔の内部は外から見るよりもはるかに広くてエレベータまで設置されています。 塔の屋上に上がれば遮る建物も無く、ビラルバの町が眼下に広がっているのが臨めるでしょう。
また、夜には窓から望むビラルバの塔がライトアップされて素晴らしい。 (当然ながら、このライトアップされた塔を眺められるのは新館のみです。)
もちろん、サロンやレストランはどちらに泊まっても利用できます。

以前の6室しかないときでも、定員12名に対して従業員は20名近くおり、いくら国営企業と言えども採算のとれる施設ではなかったでしょう。
ほとんどの観光客は泊まるのを最初からあきらめていたのですが、今回の増築によって、より多くの人々にビラルバのパラドールでの楽しみを提供出来ることになったのです。

たとえ泊まるのが増築された新館だとしても、そこから眺める中世の塔と、500年前のサロンで過ごすひとときは忘れ得ぬ旅の思い出となるに違いありません。 このようにパラドールは新装、改装を重ねてより多くの人に、より快適に、自然や人類の遺産を楽しみながら保存する工夫をしているのはとても素晴らしいことだと思います。 設備が整ったことでこのパラドールも3つ☆から4つ☆に格上げされています。

☆ バル

スペイン人にとって欠かせないモノであり、加えてスペイン旅行にもっと利用したら、いいと思えるモノにバルがあげられるます。
バル(英語でバー)という名前からしてビールやワインを飲んだり、せいぜいがコーヒを飲むところだと考えられやすいのですが、このバルとは単にコーヒーを飲んだりビールでのどの渇きを癒す場所というだけではないのです。
バルはスペインのどんなに小さな村にもあって、一年中、休みもほとんどなく、朝から夜中の2時頃まで開いている、スペインのコンビニエンスストアと言っていい場所なのです。
観光地なら地元のお土産物やミュージックテープを売っていたり、サッカーくじの受付もします。
トイレに行きたいとき、電話をかけたいとき、ペットボトルの水が欲しいときはモチロン、疲れたときの休憩に飲み物を飲むだけでなく、ちょっとしたレストランの代わりにもなるのです。
毎日、毎日、レストランでチャンとした料理を頼まなくてもタパスと呼ばれる小皿料理を何品か取り、付いてきたパンと飲み物で食事が摂れてしまうのです。

スペインオムレツを始め、烏賊のリング揚げ、烏賊の墨煮、茹でた海老、芝海老のニンニク炒め、イワシの酢ずけ、シシカバブ、ムール貝、エスカルゴ、モツ煮など、何処のバルでも自慢のタパスを20品ほど用意しています。
もちろん、スペインの生ハムとチーズを挟んだサンドウィッチ、ボカディージョを買って公園や町中を歩きながら食べるのも気持ちのイイものです。
普通はカウンターやテーブルでタパスをつまみながら飲み物を飲んだり、パンをかじったりしているバルでも、夜に外国人が食事用に色々な料理を頼むと、気を利かせて、紙で出来たテーブルセンターを敷いてくれたりします。

通常は、昼は喫茶店、夜は酒場として町のおじさん達のたまり場になっていたりするのですが、ときどき夜のサッカー観戦場となったりもします。
特に好カードの試合のときには家族中でバルに出かけるのも珍しくありません。
これは家庭のテレビよりも大きな画面で見たいからではなく、サッカー中継が衛星テレビであったり、衛星のペイテレビであったりして、家庭の一般放送では見ることが出来ないからなのです。
バロセロナFCとレアル・マドリッドなど、人気の高いゲームは1500ptsもするそうで、ロードショウの映画でも600pts位ですし、1500ptsもあれば二人位の飲み代になってしまいそうです。
もっとも、こんな時には店も超満員、椅子に座りきれないで皆立って観戦しているし、試合が始まれば、店主やコックも注文などそっちのけでテレビに釘付けです。
見知らぬ町のバルで、一緒になって地元のチームでも応援すれば、もう気分はアミーゴでしょう。

by"よっぴ"

2006年05月21日

第9回 ラ・パルマ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
カンガス・デ・オニス、プラセンシアと新しいパラドールを紹介してきましたが、今日は歴史的建造物を利用したものでなくて新しいリゾートタイプのパラドールです。
それはアフリカ大陸、モロッコ沖合い、カナリア諸島のラ・パルマのパラドールです。
カナリア諸島にはゴメラ島以外には空港があり、マドリッドから約1時間半で到着します。
もしも、貴方が手荷物だけを持って航空機に塔乗するときにはチェックインの必要はありません、航空券がそのまま搭乗券になります。
何せ、マドリッドの空港のチェックインカウンターはいつも長蛇の列ですからね…。

第9回Santa Cruz de la Palma
名称Parador"Santa Cruz de la Palma"

サンタクルスの町を見下ろす高台の上にあるパラドールは空港からもフェリー乗り場のサンタクルス港からもタクシーで約10分、1000pts位で着きます。

この建物は1999年5月に完成されたばかりのパラドールなのですが、パルマで初のパラドールと言うわけではないのです。 ット言うのは以前のパラドールはフェリー乗り場の近くに50年に建てられたものがあったのですが、手狭になったことと老朽化が進んだので、町の中心にあったパラドールを町に提供して、高台にある25万平米の土地と交換されたのです。 50年に建てられたこれまでのパラドールは修理されて、これから町の役場として利用されるということです。

このパラドールの広大な庭を通してゴメラ島やテネリフェ島、イエロー島が見渡すことができます。
ただ、年に数回、天気は良いのだけど、もやがかかった状態の日が数日から1週間くらい続くことがあります。
これは「カリマ」と呼ばれる現象でアフリカ大陸のサハラ砂漠の細かい塵が風に乗って飛んできてただようために起こるのです。
その時には、やはりここカナリア諸島はアフリカ沖にあることが実感させられます。

この新築に伴って部屋数も38から78部屋に倍増されました。 このパラドールには18億ptsもの費用がかかっていて部屋数で単純に割ると一部屋あたり2200万ptsもになるのです。 マドリッドでも2200万ptsあれば100平米のマンションが買えてしまいますから、この数字は大変なものです、採算を重視する民間企業では、こうは行かないでしょう。
部屋は広々としていて柔らかな緑を基調とした明るくシックな雰囲気に包まれていて高級リゾートホテルそのものですが、同時に庭やサロンにパラドール特有の気品と風格も備えています。
此処のインテリアは部屋もサロンも読書室、中庭、どれも女性ディレクターのマリセルさんが考えたもので、そう言えば何処にいても女性らしい優しい雰囲気に包まれています。

パルマ島はカナリア諸島7つのうちで5番目の広さを持つ比較的小さな島なのですが、国立公園に指定され、太陽と水に恵まれ、農業、漁業も盛んで何とワイン工場まであります。
風光明媚な上に町には歴史地区もあり、ハイキング、釣り、海水浴(ナント、ヌーディストビーチが2カ所あります)と島内はびっくりするほど見所が多いのですが、島全体で観光客のためのベット数は4000しかないということです。

サンタクルスの町のレアル通り、郵便局から役場までの歴史地区にはバルコンと呼ばれる ポルトガル、オランダ、アイルランドの商人たちが15世紀に作った町並みが現在も保存されていて散歩には絶好の場所があります。 建物には住んでいた人々の名前が記されており、今でも、この町にはオランダやポルトガル、アイルランドの姓が多いということです。 大航海時代に中南米交易の最後の中継地として栄えたのが忍ばれるこの地区は、ユネスコの世界遺産に申請中でまもなく登録される予定です。
この歴史地区を抜けた広場にはコロンブスのサンタ・マリア号のレプリカが飾られています。 他にも、火山の噴火口にはヨーロッパ中の天文台が集まるロケ・デ・ロス・ムチャチョス、緑豊かな自然と美しい海、とても1日では廻りきることはできません。
と言うよりも1週間居ても飽きることがないでしょう。 この島ではタクシーを1日チャーターしてまわることをお勧めします。 パラドールで頼めて、1日5,6時間の貸し切りで20000pts(約1万2千円位)です。 ホトンド英語は通じませんが見所には必ず連れて行ってくれて写真を撮ってくれるでしょう。4人で乗れば本当に安い乗り物です。

☆パルマにて…。

タクシーの運転手が言った言葉に「このパルマの島には大金持ちは居ないけど貧乏人も居ない」、ナント素敵な言葉ではないか、何よりもこの人口18000人のこの島には犯罪が全く無いのだそうだ。
豊かな太陽と水に恵まれ農業ではブドウ、バナナ、パパイヤ、マンゴー、パイナップル、の果物と葉巻タバコの生産、漁業もさかんで島民は皆のんびり、ゆったりと暮らしているのだろう。

大きなバナナの房を袋詰めにして車に積み上げているのが面白いのでしばらく見ていたら側にいた作業員が20本ほどバナナが付いた房を左右の手に持って差しだし食べろと言う、じゃあひとつご馳走になるか!ット1本もぎ取ろうとしたら、これを全部もって行けと両手にどど?んと持たせてくれた。 そのバナナの味も町で買った物よりも数倍美味い。 あまり美味いので、マドリッドの友人のオフィスに少し買って行こうと思い、少し分けてくれと頼んだら先ほどのよりも少し若い青みがかったバナナを50本ほど選んでよこしたのだが、金を受け取らない。

普通は収穫してから10日程待ち十分に熟してから店頭に並ぶそうだから、くれたバナナはもう十分に食べ頃だったので販売には適してなかったのだろう、がそれにしても鷹揚なものだ。

島の西、Puerut Naoでは崖下の砂浜にヌーディスト達が大勢甲羅干しやビーチバレーで遊んでいるし、島の所々の海岸では大きな岩を利用した大きな天然の海水プールが何カ所もあって子供達と一緒に遊ぶのもイイだろう。
島の南には1971年に噴火したTeneguia山があり、ラクダに乗っての散歩が楽しめる。 (12分500pts)
EUの様々な形をした天文台を見て回るのも楽しい。
もちろん、歩くのが好きなひとならトレッキングコースもたくさんある。

ワイン工場ではもちろん見学させてくれるしワインの試飲もある。

ここのワインはほとんどカナリア諸島で消費されて本土で飲まれることは無いらしいので独特なカナリアワインが気に入ったらお土産にしてもよいのだが、この工場では送ることは出来ないと言う、自分で町まで持って行って郵便局から送ればヨイと言う。
あまりの商売ッ気がないので、面倒だし買うのを止めようかと思っていたら、タクシーの運転手が郵便局まで持っていって送ってやるという。
本当に親切な人たちばかりの島だった。


☆ 乗り物

スペイン国内の移動手段とすれば、航空機、鉄道、バス、レンタカー、タクシーが考えられますが、長距離には航空機、中距離には鉄道、比較的短い距離にバスやタクシーなどの他の交通機関を使うと考えるのが普通だと思います。

スペインの鉄道と言えば遅れるという印象が強いかもしれないが実際遅れることはあまりありません。
1992年、セビリア万博を機に開通したスペインご自慢の新幹線AVEはほとんど遅れない、と言うよりも5分くらい前に到着するのも希ではないのです。
鉄道の旅の良さは何と言っても、情緒があって、ゆったりと外の景色を楽しむことができることでしょう。
特にスペインの荒涼とした景色を眺めるのに鉄道の旅ほど優雅で素敵な旅はないでしょう。。
スペインの鉄道はRENFEと呼ばれる国鉄がほとんどだが旅行者にはとても快適に作られています。
座席も広く旅行者用の専用荷物置き場も備えられていて大型のトランクも邪魔にならないのがうれしい、これはAVEも同じです。
どこかの国の列車みたいに3列シートに客を詰め込んで荷物の置き場もろくにない、そのくせ料金ばかり高い鉄道とは大違いだ。
AVEの1等車では飛行機のように時間帯によって食事がでてリッチな気分にさせられます。

近距離の切符は大きな駅では自動販売機で買うことになりますが、スペインでは表示を押していって最後に料金をいれるようになっていますが、シーズン割引、往復割引、日帰り割引、家族割引など料金設定が複雑で切符一枚買うのもこれが案外と難しいのです。
マドリッドのアトーチャ駅でトレド行きの切符を買おうとして自動販売機の前に立った。
トレド行きまでは分かったがそのあとの表示が良く分からないのです、出発時刻は迫ってくるし、ついに通りがかりの学生に助けを求めた経験があります。
日本みたいに列車の本数は多くないので、一本列車に乗り遅れると半日行動出来なくなることもあるのですから。

長距離切符は大きな駅では銀行みたいに整理券をもらって、予約番号が表示されたら予約窓口に行く、これも当日券と前売りがあるから間違えないように。
行き先、日時などは紙に書いていったほうが良いでしょう。
行き先はともかく、ほとんど英語は通じないと思っていた方が良いでしょう。

旅行のスケジュールが決まっているのなら最初から旅行代理店を通じて切符は手配しておいたほうが安心です。
混雑期に列車の切符を入手するのは思ったよりも大変で時間もかかりますし、日にちの限られた旅行者が切符を手に入れるために半日も駅で時間を潰すのはいかにも勿体ないでしょう。
長距離バスは町のバスセンターから発着していますが、割と本数も多く、大型で荷物の心配もないし利用しやすい乗り物です。

パラドールの旅で最も便利な乗り物と言えばやはりレンタカーでしょう。
大都市は必ず高速道路で結ばれているし、国道、地方道ともほとんど舗装されています。
高速道路は120km、国道で100km、一般道で80kmの制限速度だ、高速道路と名が付いていながらほとんど80km制限のどこかの国とは大違いです。
そんな道路がスペイン全土をマスクメロンの編み目のように張り巡らされているのです。
また、大都市の朝晩を除いてほとんど渋滞というモノが無いのだから移動時間がもの凄く早くて、500kmくらいの距離(東京から京都まで)なら日帰りをしてしまう人も希ではありません。
しかも、いくつかは有料区間もあるが、ほとんどの高速道路は無料なのが嬉しいですね。

しかしボクは敢えてレンタカーを利用しない旅をお勧めします。
モチロン、貴方が左ハンドル、右側通行なんてぜ?んぜんヘッチャラ、スペイン語にも堪能で交通標識も読める、ミッションもオートマチックでなくマニュアル派って言うのならレンタカーの利用もいいでしょう。
つまり、その位の条件が整っていなければ運転は止めておいた方がいいと思います。
それに運転は上手でも観光地の旧市街は小さくて曲がりくねった道が多く、駐車している車で何処もいっぱい、駐車できる場所を探すだけで時間がかかり、疲れてしまいます。
近くに見所があっても地名もよく分からないしつい面倒にもなってしまいます。
もし、どうしてもレンタカーを使いたいと言う人が居るのならクルマをパラドールからパラドールへの移動手段のみに使うことをお勧めします。
確かに一般の国道や高速道路だけならば地図をよく見て、注意深く運転すれば迷うこともなく、快適なドライブを楽しめることでしょう。
そして、パラドールから近くの観光地にはタクシーやバス、徒歩の利用をお勧めしましょう。
特にスペインを個人で廻る旅行者ならば(出来るだけ節約したいと言う)バックパッカーでない限りタクシーの利用が快適です。
当然のことながら、道は良く知っているし、観光の見所にもチャンと連れていってくれます。その上、早い、安い、親切のどこかの牛丼屋みたいな乗り物です。
一般に流しやタクシー乗り場で乗った場合の目安とすれば、一応、10km、10分、1000ptsと思ってよいでしょう。実感からすれば日本の5分の1くらいでしょうか。
つまり、東京から熱海までタクシーに乗った感じで約1万pts、(6500円)位なモノです、大きな荷物がなければ4人で乗って一人1500円から2000円です。
モチロン高速料金もごく一部の道路を除いてかかりません。
パラドールから半日近辺の見所を廻って貰うときにはメーターでなく料金を交渉で決めることも出来ます。
この場合は行き先や時間で大体の料金は決まっていますからパラドールで頼めば良いでしょう。
レンタカーを借りる場合は国際免許証と日本で使用している免許証の二つが必要です。
それにJAFの会員証を持っている人はスペインの王立自動車クラブの路上サービスを受けることが出来ますから必ず携帯しましょう。
レンタカーはほとんどマニュアルミッションでオートマチック車は先ずありません、それにバックギアの位置やライトのスウィッチ類は必ず確認してから運転してください。

by"よっぴ"

2006年05月19日

第8回 プラセンシア

はろはろ?!みなさんこんにちは?!「パラドール紀行」の"よっぴ"です。
この「オラ!エスパーニャ」のホームページも本格オープンして3週間が経ちました。
先日、各検索エンジンへの登録申し込みも完了し、これからは、もっともっと色々な方に見て貰えるだろうことを期待しています。
この「パラドール紀行」以外の「パラドール紹介」や「モデルコース」にも画像がありますので時間がありましたら
覗いて見て下さい。

さて、前回から、近年オープンしたパラドールと改築、移築してあまり皆さんに情報が届いていないパラドールを中心に新しい情報をお届けすることにしましたが、今回は全パラドールの中でも最も新しいパラドールを紹介いたしましょう。
改築、改装を除けば、2003年まで新規のパラドールのオープンはないと言うことですので、それまでは、このプラセンシアのパラドールが一番新しいパラドールと言うことになります。

第8回「Plasencia」

マドリッドの南西、ポルトガルと国境を接する地方エストレマドゥーラ、殺伐とした風景、痩せた土地に貧しい暮らし、若者は必然的に出稼ぎ出たり、土地を離れる者が多かった。 (ちょうど裏日本のように現代でも大都会目指して土地を離れる若者が多く、過疎化が進む地方だという。) 大航海時代には多くの者が大陸に渡り、この地に富をもたらし繁栄しました。 そんな町の一つ、ヘルテ川に囲まれた台地にある町プラセンシア、この町に2000年2月最も新しいパラドールがOPENしたのです。
15世紀に造られたドミニコ会の修道院だったもの(1990年迄使われていた)が改装されてパラドールとなりました。 かなりの部分がオリジナルで残っていて、それを中世の荘厳な家具、また現代的装飾と上手くマッチさせ修道院の雰囲気をしゃれた形で残しているパラドールと言えます。
見事な木製の天井にゴシックの荘厳な礼拝堂を始めとする数々のサロン。
現在レストランとなっているRefexcutorio(修道院の食堂)に残されているタラベラ焼きのタイル装飾、 そして壁沿いの椅子は実際に修道士達が坐っていたものをそのまま残してあり、少し高くて坐りにくいが修道士気分で食事ができかもしれません。
上の階にはBiblioteca(図書館)をやはりサロンとして使っています。 修道院時代の名前がそのまま部屋に付けられており(Biblioteca,Sala Capitular,Refercutrio、etc)客室はCelda(独房、修道士の個室)と書かれています。
このパラドールのOPENのときに、通商観光庁長官が「パラドールの中でも最高のランクに属するスペイン人が求めていたハイレベルな本当の質の良さを追求したホテル、そして単なるパラドール以上の存在と」絶賛したと言われています。
自動ドアの付いた地下駐車場など最新の設備を持ちながら全く現代を感じさせない本当に旅の快適さを満喫できるパラドールでしょう。
プラセンシアの旧市街のほぼ中心地にあって、周囲には歴史的建造物で溢れています。 特に大聖堂は13?14世紀に建てられたロマネスク・ゴシック様式の旧大聖堂と新しい大聖堂の二つの建物で構成されているのが見所です。
旧市街は柱廊に囲まれたマヨール広場を中心として歴史的建物が軒を連ねています。 パラドールから歩いて10分程度、食後にライトアップされた中世の世界の散歩をぜひ、お勧めしたいと思います。

☆ スペイン時間

スペイン時間と言うと2つの意味を持っていると思う。
一つ目はスペイン人は時間にルーズだ、時間を守らないということだろう。
それは「少々の時間のずれには無頓着である」、ということなのかもしれません。
確かに分刻みに正確に運行される交通機関などに慣れている日本人にとっては時間の遅れは気になることかもしれない。
近年、スペインの交通機関も正確に運行されるようになったし、スペインの誇る新幹線AVEなどは遅れるどころか5分くらい早く到着することも希ではない??
確かにスペイン人が待ち合わせの時間に遅れることは多いのだが(笑)、時間にルーズというのは個人差もあることだから此処ではチョットおいておいて、もう一つのスペイン時間について考えてみたいと思います。

それは日本との「時刻感覚」のズレということなのです。
一般にスペインのレストランがオープンするのは夜の8時半、遅いところでは9時だろう。これはパラドールでも一緒です。
(ただゼゴビア、グラナダと言った外人観光客の多いパラドールでは7時半にオープンするレストランもありますが・・・。)
しかも混雑するのは10時過ぎ、12時を過ぎても食後の歓談に花を咲かせているのもごく普通のことです。
昼食の時間は2時、3時からだし、映画館がオープンするのも午後4時過ぎだ。
この日本人との時刻のズレは多分2,3時間位あるのではないでしょうか。

日本人観光客の大半はレストランの開店を待って食事を取り、10時には就寝してしまうというパターンがホトンドでしょう。
確かにツァーの場合は忙しいし朝の出発も早いので夜をゆっくりと言うわけにもいかないのでしょうが…。
もちろん、治安の悪いマドリッドやバロセロナを夜遅くガイドも無しにふらふら出歩くことをお勧めしませんが、パラドールの旅は別なのです。

食後のひとときを町中をブラブラと散歩したり、バルで一杯引っかけたりしてスペインの夜長を楽しんでは如何でしょうか?
夏のスペインでは10時を過ぎでもまだかなり明るくて、子供でも11時頃まで外で遊んでいたりするのも珍しくありません。

マドリッドの位置を地図で見てみるとロンドンよりも西にあることがわかるでしょう。 つまり実際はロンドンよりも時差とすれば遅いのに他のヨーロッパ大陸の国、フランスやドイツと同じ標準時を採っていてロンドンよりも1時間早く時間が経つのです。 こうなるとスペイン人は夜更かしをしたいためにわざと時差をずらしているのではないかと思ってしまいます。 町の中心マヨール広場のバルに入って、ライトアップされたカテドラルやパラドールを見ればひと味違ったスペインの旅が楽しめると思うのですが…。

by"よっぴ"

2006年05月17日

第7回 カンガス・デ・オニス

はろはろ?こんにちは?!"よっぴ"です。
ところでパラドールは全スペインで現在85カ所ありますが、全く新しく建てられたもの、改築されたもの、増築されたもの、移築されたもの、特に改装は毎年必ずどこかのパラドールでは行われています。
現在も新しいパラドールが3軒建設中ですが、いずれも事前の発掘中に古い遺跡が発見されるなどして2003年までは新築のパラドールはオープンしないとのことです。
しかし、現在書籍や雑誌に掲載されている資料は古いモノが多く実状とかなりかけ離れていると思われます。
そこで今回からしばらくは近年オープンしたパラドールと改築、移築してあまり皆さんに情報が届いていないパラドールを中心にこの「パラドール紀行」を進めて行きましょう。
では今日は「カンガス・デ・オニス」です。

名称「Cangas de Onis」

1998年にオープンしたこのパラドールはスペイン北部カンタブリア海のCost Verde(緑の海岸)から少し内陸に入ったアストゥリアス地方にあります。 世界史に余程詳しい人ならばカンガス・デ・オニスという地名を聞いたことがあるかもしれませんが、722年カンガス・デ・オニスの南東8kmにある、「コバドンガの戦い」で西ゴート族のドン・ペラヨは、当時イベリア半島のほぼ全体を支配していたイスラム教徒との戦いに勝って、この地カンガス・デ・オニスに宮廷を置きアストゥリアス王国を建設したのです。

この「コバドンガの戦い」がこの後1492年グラナダ陥落まで続くレコンキスタ(国土回復戦争)の始まりだったのです、

このときのドン・ペラヨはアストゥリアスの王となり、このカンガス・デ・オニスはスペイン王制の発祥の地とされています。
つまり、この地はスペインの歴史上とても重要な場所なのです。

このカンガス・デ・オニスのパラドールは宮殿ではなく、1907に国定建造物に指定されたサン・ペドロ・デ・ビジャヌエバ修道院(12?18世紀)を改装、増築したものですが、先ず最初に言わなければならないことは、このパラドールは、サンティアゴ、レオンと並ぶ第3の5つ星ホテルだということです。

ただ、旧修道院を改装したパラドールではあるけれど、サンティアゴやレオンの5つ星パラドールと趣を異にして歴史の中のパラドールと言うよりもリゾートホテルとしての要素が高いのが特徴でしょう。

広大な敷地を持ち、周囲にはセジャ川の清流とピコス・デ・エウロパの山並みがせまり、大自然の中での渓流釣りやカヌー、トレッキング、登山、乗馬、サイクリングなどのアクティビティが楽しめるほか、ゴルフ場も計画されているそうです。
  
そうは言っても、国定の建造物に指定されている旧修道院の本館には工事によって発掘された遺跡をそのまま残してあって、遺構をガラスの床で覆って見せる為に造られた部屋が二カ所造られています。
また、発掘された遺物もいたるところに展示されており、さながらミニ博物館のようです。
増築された新館は主に客室となっていますが、本館とはガラス屋根の廊下と地下通路(実際は1階)によって繋がれていて新旧による違和感は感じられない落ち着きのある建物となっています。
この地下通路に沿ってコンベンションホールとレストランが緑の芝の庭に面して造られ、どちらも明るく、広々としています。

☆パラドールの部屋について

パラドールと言えばオスタリアのアルカラ・デ・エナーレスを除けばホテルの施設なのだから客室があって当たり前ですが、一体どんな部屋を想像するのでしょうか?
古い宮殿やお城を改装した・・・ット思う人は豪華な王様が住んでいたような天蓋付きのベッドのある部屋を想像するだろうし、修道院からは質素なベッドと小机だけの部屋を想像するのでしょうか?
パラドールも国営のホテルチェーンなのですから、他のホテルと同じように☆によってランク付けされています。
最上級の5つ☆はサンティアゴとレオン、そして新しくカンガス・デ・オニスが加わったが3つだけ、あとは全て3つ☆と4つ☆です。
この☆のランク付けは一般のホテルと同じように諸設備によって決まりますが、☆が多ければ必ずしも居心地が良いと言うわけではありません。
特にパラドールの場合は3つ☆が4つ☆よりも劣ると言うわけではないので☆の数は気にすることもナイと思います。
それよりもパラドールには3つタイプがあるので、それぞれの好みや目的で選ぶのがよいでしょう。(パラドールとはを読んで下さい)

さて、そこでモンダイは、第1のタイプの古い修道院や宮殿を改装して作られたパラドールにも増築されて新しく作られた部屋があると言うことなのです。
いや、むしろこれらの部屋の方が数は多いと言ってもよいと思います。
グラナダのように絶対の増築することの出来ないパラドールもありますが、多くのパラドールでは雰囲気を大切にしながらも増築して客室を確保しているのです。
でなければとても世界中から集まる観光客に部屋を提供することが出来ないからなのです。

もし、貴方が古い修道院や宮殿のオリジナルの部屋に泊まることができたのならラッキーと喜んで下さい。

石造りの壁に天井の彫刻、古びた暖炉に薄暗い灯り、でも空調は完全ですし、お風呂、トイレなどの水周りも最新設備ですから安心して下さい。
もし、ソウイウ部屋は怖くてイヤだというのなら新しい部屋に替えて貰えるでしょうが…。
新しい部屋の場合でもリクエストして空いていれば古い部屋に泊まれるかもしれません。
新しい部屋と言ってもインテリアは雰囲気バッチリですし、家具、調度品も落ち着きのあるオリジナル或いはそれに近いモノが使われていますから十分に満足できるとは思います。

どの部屋に泊まるにしろ、サロンやパティオ、レストラン、バルはゆったりとした時間を過ごすのに最適な空間を演出しています。

部屋の広さですが、増築された新館の部屋は大体一流ホテル並のゆったりとした広さを確保して、それにバルコニーが付いている部屋も多くて快適ですが、歴史的建造物を利用した本館の部屋の場合はまちまちです。
びっくりするほど高い天井と広い部屋の場合もあれば、狭いなあッテ思う部屋もあります。
設備はスタンダードの部屋だとツゥインのベッドにテーブルと椅子或いはソファ、机、など、金庫とミニバーは大体付いていますが一部無い部屋もあります。
洗面所は大体2つ、トイレにビデ、大きなバスタブ、バスローブはリゾートホテルに一部ありますが大体はありません。

アメニティは非常に豊富です、(石鹸、シャンプー、ボディソープ、ティシュー、靴べら、くし、靴磨き、裁縫セット、コロン、…・)が全部が揃っているとは限りません、もし備え付けてなくて、そのパラドールにあるモノだったら頼めば貰えるでしょう。
欧米のホテルには珍しく歯ブラシは大体付いています。
変わったものとすれば、一部のホテルには入浴用の塩やスリッパがあります。
ほとんどパラドールのロゴの入った可愛いケース入りなのでお土産に持ち帰るとヨイ記念になるでしょう。

2006年05月15日

第6回 サンティジャーナ・デル・マル

はろはろ?こんにちは?!"よっぴ"です。
今日で「パラドール紀行」は早くも第6回目です。
今日はスペインで一番美しいと言われている村「サンティジャーナ・デル・マル」のパラドールを紹介しましょう。

名称Parador"Gil Blasヒル・ブラスのパラドール

スペイン北部のカンタブリア海に面したリゾート地サンタンデールから西に30km、サンティジャーナ・デル・マルは中世の町の姿をそのまま残しており、14,15世紀の紋章の付いた石造りの家々や11世紀のカテドラルなど村全体が重要文化財に指定されています。
サルトルが彼の小説の中で主人公に「スペインで一番美しい村」と呼ばせた為に有名になり、スペインの旅行専門誌「ビアハール」の読者によるスペインの美しい村ランキングでも堂々のトップにランクされました。 もちろん、美しさには色々な形態があって、この村の美しさとはスイスアルプスの美しさやドイツロマンチック街道の家並みの美しさではなく落ち着いた風情が感じられる田舎の美しさです。 まあ、これだけ知れ渡ってしまった村ですから、週末にはかなりの観光客が押し寄せ、バルやレストラン、お土産物屋も観光客でいっぱいですが、それでも尚、推薦したい観光地の一つです。
パラドールは15世紀のバレーダ・ブラチョ別邸をそのまま利用したもので、入り口の石段はすり減り、木の床や階段はきしみ、照明は多少暗いところもありますが、その雰囲気がとてもイイ居心地を生み出しているようです。

部屋も同様、多少古びた感じはしますが、水周り、空調は完璧だし、シーツもきれいで問題ないし、かえってアンティークな調度品とマッチしているようです。

このパラドールの名称になっている「ヒル・ブラス」とは、18世紀のフランスの作家アラン・ルネ・ルサージュによる悪漢小説「サンティジャナのヒル・ブラースの物語」から付けられています。この小説はフランス政府を諷刺しているために、わざわざスペイン語で出版されたという曰く付きの小説です。
この主人公のヒル・ブラースがこのサンティジャナの出身と言うことで、パラドールの名称に付けられたのです。
このヒル・ブラースの名前はフランス第三共和国時代の新聞名「ジル・ブラース」にも付けられています。

このサンティジャーナ・デル・マルを有名にしたものに、もう一つアルタミラの洞窟があります。
紀元前2万年?1万5千年前の新石器時代に描かれた天井画はあまりにも有名です、
このアルタミラの洞窟には南へ2kmほどですが、現在は受付て1年、一日30名のみのガイド付きツァーでしか見学ができないのです。
つまり約1年先の見学を申し込むと、何月何日何時に来て下さいとの返事がきます。
もちろん変更は不可、その日に行かなければアウトです。
日本の「桂離宮」も同じようなシステムを採っていますが、「桂離宮」では外国人に対してかなり便宜をはかってくれるそうですが、「アルタミラ」にはないそうです。
ただ、2001年の夏には洞窟のレプリカが完成して予約無しで見学することができるようになるということです。
もう1カ所マドリッドの国立博物館にもアルタミラの洞窟のレプリカがあるのですが、こちらは、どういうわけか何時でも閉まっています。


☆コミージャス

この、サンティジャーナ・デル・マルは「マル」(海)というのに何故か海が見えませんが、ここから西へ17km行くともう一つの美しい村コミージャス(Comillas)へ出ます。 ここは、また美しい海水浴場もあり、また、アントニオ・ガウディ作のEl Capricioエルカプリチョ(気まぐれの家)があります。 現在レストランになっているとのことでしたが、休業か廃業か営業してませんでした。
少し道を上がったところにカテドラルがあり、その離れた丘の上にはとても立派な法王庁立大学があります。
マヨール広場で道行く地元の人に、何処か近くに美味しいレストランを、と聞いたところ、 マヨール広場から50mほど下ったところのレストランを紹介されました。
タシカに町中はほとんど人を見かけないのに、このレストランでは大勢の客で賑わっています。 野菜サラダに、お勧めの「海の幸の盛り合わせ」(海老、蟹、あさり、ムール貝、生牡蠣etc)を2人前(3人で食べきれないほどの量)とワイン1本でたった9000ペセタ(約6000円)。 今でも思い出すと生唾が出るほどの美味しさでした。 尚、この店を紹介してくれた女性は、ナント、この店のウェイトレスだったのです…。

by"よっぴ"

2006年05月13日

第5回 ラ・ゴメラ

はろはろ、みなさんこんにちは?!!「パラドール紀行」です。
今日は第5回目、人気が高いけどあまり日本人が行ったことがないだろうッテ思われる「ラ・ゴメラ」のパラドールをご紹介しましょう。
このパラドールはスペインといってもナント、北回帰線に近い、アフリカ大陸モロッコの沖合にあるカナリア諸島の一つ、ゴメラ島にあるのです。
カナリアの他の島には飛行場があり、マドリッドからも航空便がありますが、此処ゴメラだけは隣のテネリフェ島からフェリーに乗らなければなりません。
これはゴメラ島の貴重な固有種を守るためで、ゴメラ島はユネスコの世界自然遺産にも指定されています。

名称「Parador "Conde de la Gomera"」ゴメラ伯爵のパラドール

カナリア諸島最大の島テネリフェの港から豪華な高速フェリーで30分、ゴメラ島のサンセバスチャン港に到着します。 最初船に乗り込んだとき、シートがあまりに立派なので(新幹線よりも立派だ)、此処は特別席だろうから一般席は何処だろうと探し回ったが他には見つからない。 バルも船の前後にお洒落で立派なのがあり、中程には免税のおみやげ物屋まであるし、とにかく広く豪華なフェリーです。
時刻表では所要時間30分とあったが実際には45分位かかる、しかし、とにかくゆったりとした豪華な船旅なのでもっと乗っていたい気分になってしまった。 船の到着を待ち受けてタクシーを並べて運転手がたむろしています。 縄張りがあるのでしょうか、客から行き先を聞いては運転手同士で誰が行けとか話しています。 パラドールへはほんの7,8分だからきっと下っ端か新入りが行かされるのでしょうか?


このパラドールは「ゴメラ伯爵」という名称がついている通りこの地を支配していたゴメラ伯爵の館をパラドールに改装したものです。 疲れた足には裸足で歩ける天然木の床の感触ががとても心地イイのです。 ゆったりとした広さと庭に面したバルコニー、重厚な扉、天井のウィンドファン アンティークな家具にベッド・・・ ただ一つだけ近代的な感じのするものはバスルームだけです。 大理石と白いタイルと組み合わせた清潔で明るく広い洗面台があり此処だけは都心の一流ホテルを感じさせますが決してイヤな感じはしないでしょう。
ホテルにはサロンが随所にありそれぞれインテリアも異なっていて、いずれも昔の貴族の館を思い起こさせるのに充分、アンティークで豪華な作りです。 特に最上階にあるサロンは広い窓から海を直接見下ろすことが出来ます。 廊下も小さなサロンと言っていいほど広くソファや家具などが置いてあり通り過ぎるのが 勿体ないほどです。
勿論熱帯樹に囲まれたパティオもとても南国風でとても素敵です。

海に面した崖っぷちには真っ青な水をたたえたプールがあり明るい日差しに輝いています。
このパラドールでは何もしないでゆったりと本でも読むのがいいのかもしれない。

歩いても15分程のゴメラの町サンセバスチャンにはコロンブスの館があります。、
此処にはアメリカ発見のときに汲んでいった井戸もあり、現在はインフォメーションの建物の中庭にあります。
ここのインフォメーションには、規模は小さいですがコロンブスに関する資料も展示されています。
この島には他に、これと言った特別な観光施設はありませんが、島の中央に聳えるガラホナイ山を中心に国立公園が広がっていて、この島にしか見られない固有の植物群があり、第三紀の植物の姿を変わらずに残していて、世界自然遺産に登録されています。
自然や植物に興味のある人は、ゆっくりとトレッキングを楽しむのも良いだろう。
コースは30分から4時間と自分たちの時間体力にあわせて選べます。

この島の主な農産物はトマトとバナナですが、EC統合による農業規制でトマトの輸出が出来なくなり出稼ぎで3万人居た人口も今は1万7千人にまで減少した典型的な過疎の島になってしまいました。
年間5日程しか降雨がなくて、農業を十分に賄うほどの水資源がないことも影響しています。
しかし中腹より上には1000mm以上の雨が降り、鬱蒼とした森が広がる不思議な島でもあります。
この島で取れる小さな(水分の関係で大きくならないらしい)シワシワのじゃがいも(Papa )はとても美味しいです。

パラドールのレセプションで、笑顔で迎えてくれたのは、このゴメラのパラドールのNo2コマーシャルディレクターのマリアさんだった。 彼女はウェルバの出身でどうしてもパラドールで働きたくて観光の専門学校で3年間勉強をした後やっとのおもいで地元のパラドールに就職をすることができたのだそうです。 ナカナカのがんばり屋さんで、資格試験で、パラドールでの最上級職、ディレクターの資格を取り数年後には何処かのパラドールでNo1つまり支配人をする予定だそうだ。

彼氏は?とか結婚は?とか聞いてみたら、何処のパラドールに行くことになるかわからないし、移動も多いので結婚はしたくないとのことだった。

それほど彼女のパラドールに対する思い入れは大きいらしい。
小さな町では警察署の署長と町長とパラドールの支配人(ディレクター)が名士のトップ3だとか。。。

☆ 緊急情報です!
ゴメラのパラドールは4月から改装に入るため9月まで休業するとのことです。
期間が短いので、大きくは変わらないと思いますが…。
傷んだ部分の修復や備品の取り替えなどで急に休みに入ることはパラドールでは良くありますから、どうしても泊まりたいパラドールは前もって確かめて下さい。

☆ 緊急情報第2弾です!
マリアがディレクターになりました。
なんとまあ、この紀行を書いているときに知らせが入りました。
プエブラ・デ・サナブリア(Puebla de Sanabria)のディレクターだそうです。
もし、行かれる方がありましたら、この紀行で知っていると声をかけてみて下さい。(笑)


☆カナリア諸島

カナリア諸島はその名前の通りカナリアの原産地であるが、名前を聞いたことがあっても、それが何処にあるのか知っている人はそう多くは居ないでしょう。
それは北西アフリカ、モロッコの沖合大西洋に浮かんでいる7つの島々です。
此処は1483年以来スペイン領になっていますが、黄金郷を求めて中南米に出かけていったスペイン大航海時代には、丁度立ち寄るのに絶好の場所だったのでしょう。
スペインは国力の衰退と共に海外の植民地をことごとく失ってしまったけれど、このカナリア諸島はほとんど残っていない数少ないスペイン領なのです。
常夏のこの島はさしずめスペインのハワイ、いやヨーロッパのハワイとしてヨーロッパ各地から多くの観光客が訪れています。
観光王国のスペインとしてもこの島々には税金を優遇するなどして観光開発に力をいれているのです。
因みにスペインには9つの国立公園がありますが、この小さな島々にはナントそのうちの4つがあるのです。それにパラドールも4つあります(以前は5つあったのですが)

カナリア諸島は伊豆七島と一緒で7つの島々からなっています。
この中の一つ、グランカナリアという島がある、グランは大きいという意味だからつまりは大島という名前です。
だけど、このグランカナリアはどういうワケか、カナリア諸島3番目の島なのですね。
だからといってどうと言うことではないのですが、この島は日本人にとっては案外と身近な島なのです。
なぜなら、このグランカナリアのラスパラマス港には日本の漁業基地があって、日本で食されるタコpulupoの4分の1はこの近海で水揚げされたものだそうです。
だから、やはりグランカナリアは偉大(グラン)なのでしょう。

ところで、スペイン語には男性名詞と女性名詞があるのですが、女性名詞はaで終わり男性名詞はoで終わるものが多く、このカナリアもaで終わる女性名詞で、雄はoで終わるカナリオなのです。
「歌を忘れたカナリアは・・・」ッという歌がありましたが、カナリアは雌なのだから元々唄わない、歌を忘れて唄えないのではないのです。

by"よっぴ"

2006年05月11日

第4回 エル・サレール

はろはろ?!みなさん、こんにちは?!
「パラドール紀行」楽しんで頂けていますか?
グラナダ、カルドナ、トレドと日本の観光客が多いパラドールを紹介してきました。
スペインの観光地といえばどうしてもアラブ色に染まった中世都市となるのですが、今回は目先をチョット変えて、リゾート・ホテルタイプのパラドールをご紹介しましょう。
ゴルフ好きのお父さんは勿論、サッカー好きの方も行きたくなるかもしれません。

名称「Parador"Luis Vives」"ルイス・ビーベスのパラドール

スペイン第3の大都市バレンシアから僅かに南に12km、エル・サレールはバレンシア市民の憩いの地として有名です。
夏の海水浴場はもちろん、温暖なリゾート地として1年中にぎわっているのですが、その中心にあるのがエル・サレールのパラドールなのです。
レモンの木が多いことからコスタ・デ・アサール(レモンの花の海岸)と呼ばれる海岸とアルプフェラ湖とのあいだに挟まれた帯状の地にあります。
風光明媚なこの地域は国立公園に指定され、その中にあって,唯一建築するころを許されているのがこのパラドールなのです。

この大きくて立派なリゾートホテルには、大きな2つのサロンがあり、それぞれに名前が付けられています。
「地中海のサロン」は,海に面し、内装は,鮮やかな色彩でまとめられていて、結婚式が開かれるときは、待合室、バンケットとしても使われています。
もう一方の「冬のサロン」は、柔らかい色彩で,暖炉を持ち、冬には火が入れられる。本を読んだり、ゲームをする事が出来るようになっています。
カフェテリアも海に面していて広く、中でもテラスでも,お茶や,軽食を取ることができるのです。
目の前にはプールもあり,勿論、そのまま水着で海にも行くことが出来るようになっています。
今スペインでは法律上プライベートビーチをつくるとはできないということなのですが,実質上はセミプライベートビーチと言えるでしょう。

壁に掛けられている絵は、パラドールが若い画家の登竜門としてコンクールを開き、多くの出展された絵画から賞に輝いた絵を全てパラドールが買い取り展示されているのです。。 彼らの作品を推奨するためにそれらの作品は画集としても纏められ宿泊客の目を楽しませています。 このパラドールでは、スペイン王室の方々も良く利用されるが何故かゴルフはなさらないでゆっくりとくつろいで居られるとのことでした。
このパラドールには日本の天皇陛下が未だ皇太子だった頃に美智子妃殿下とお泊まりになったことがあり、このパラドールで20年間もディレクターをしているAntonio Gomez pastrana Gallego氏は陛下から頂いた日の丸のカフスボタンがえらくお気に入りだということです。

部屋は全て同じ作りで特別な豪華さはないのですが、広々として淡いグリーンを基調とした落ち着きのある柔らかな空間を作り出しています。
また、現在二つのスウィートルームを増築中だそうだ。

レストランはプール、サッカー場を見据えて、フェアウェー、地中海までもが臨めるガラス張りの明るいレストランです。 ここのお勧め料理は何と言っても地元で取れた海産物を使った海の幸のパエリアでしょう。 二人前からしか注文できませんが、バレンシア産の可愛いハーフボトルのワインと一緒に 本場のパエリアを賞味してみては如何でしょうか。
スペインオープンが84年92年と開催され、スペインで5本の指ヨーロッパでも10本の指に数えられる27ホールの有名なゴルフコースを持っていることでも有名です。 勿論、宿泊客にはゴルフを楽しむ客が多いのですが(約60%)サッカー練習場、テニスコート、プール、会議室と、その他にも他のスポーツを楽しんだり、ゆっくりと身体を休めたり、多くの会議が開かれたりと常に客足が途絶えることがありません。

スペインリーグの強豪バレンシアのサッカーチームは地元の試合の前には必ずこのパラドールで合宿をするし、スペイン代表チームも毎年必ず使用するそうです。
また冬季にはこの暖かい地と恵まれた施設を求めて遠く自国では練習の出来ないドイツやオランダ、スウェーデンのチームも合宿をするのです。
だから冬場の1,2月でも予約が取りにくく最低でも2,3ヶ月前に予約が必要となり、比較的予約が取りやすいのは11月だそうです。

パラドールを挟んで地中海の反対側に、大変大きなラ、アルブフェラ(La albufera)湖があって、船頭さんつきでボートに乗ることができます。
このあたりは水田があって、どことなく日本の田舎を感じさせるし、日本の米に似たバレンシア米の産地としても有名なところです。


☆ ヴァレンシアの火祭り

パラドールから車に乗って15分程でスペイン第3の都市ヴァレンシアに入る。 大都市だけにヴァレンシアには見所が多いが有名なのは何と言っても「サン・ホセの火祭り」(Las Fallas)だろう。 San Joseとは聖ヨセフキリストの父ヨセフのことだ。 ヨセフ職業が大工であったことから彼らの守護聖人として昔から祭られてきた。 大工達が冬場の仕事納めを親方の家の門前で木っ端や鉋屑を焚いて祝ったことに由来するのがこの祭の始まりだと言われている

3月12日から1週間、ご婦人方の民族衣装のパレード、夜を徹しての花火、広場には露天が立ち並び深夜のパーティが観光客をも巻き込んで繰り広げられる。
前夜祭には中世農民の郷土衣装で着飾った女性達が花束を抱えてカテドラル脇のマリア像まで練り歩き広場を花で埋め尽くすのだ。



そして最終日の20日には1年をかけて作られたビルの3階をもしのぐ程の高さの大きな600体程の人形が最終日の深夜0時前後に市内の広場60カ所くらいで次々と燃やされてしまうのだ。
その凄まじさは日本のTVなどでも放映されているのでご存じの方も多いだろう。
このコンテストで1位になった人形の一部が焼失をまぬがれて「火祭り博物館」に展示されている。
近くで見るとこの人形たちの精緻な作り、リアルな感じには本当に驚かされる。
勿論バレンシアはこの他にも世界遺産に指定された「ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ」(絹の商品取引所)、や中央市場、大聖堂、国立陶器博物館など見所はいっぱいだ。

by"よっぴ"


2006年05月10日

第3回 トレド

はろはろ?!みなさんこんにちは?!
「パラドール紀行」も第3回目になりました。
今回はスペインでもっとも人気のあるトレドをご紹介しましょう。
スペインを旅行されてトレドに行かれたかたも大勢いらっしゃると思いますが、大部分の方はマドリッドからの半日観光でいらっしゃっていると思うのです。
タシカに決められた時間内で各地の観光地をいろいろ見たいとなればマドリッドから近いトレドに半日観光でも出来た方はしあわせだと思います。
でもマドリッドから高速でたった1時間、帰る前日にマドリッドのホテルでなくトレドに泊まるという手もありますよ。
ただし、マドリッドでのお土産、買い物を我慢する必要がありますが…(笑)
もし、マドリッドに2日か3日居られるのでしたらトレドのパラドールの1泊を考えてみては如何でしょう?

名称「Parador de Toledo」

マドリッドから南に70km、マドリッドから一番近く、スペイン随一の観光地でもある中世の古都トレド。

タホ川に取り囲まれた高台にある自然の城塞都市トレドはスペインで最も魅力のある観光地と言ってもほぼ間違いないと思いますが、、その中でも一番の魅力は展望台から見るトレドの全景でしょう。

トレドを望む展望台(ミラドール)はタホ川の外側の高台に何カ所か設けられていますが、そのうちでも最も高い位置にあるこのパラドールのテラスからの展望はことのほか素晴らしいと言われています。
部屋のバルコニーやテラスに座り、ワインを傾けながらToledoの絶景、夜景を楽しめる、最高に贅沢なパラドールと言えるでしょう。

建物はカスティージャ風のどっしりとした"Cigarral"と呼ばれるこの地方独特の様式の郊外の邸宅風の新しい建物で、中は山小屋風リゾートホテルといった感じです。
("Cigarral"とはキリギリスのことで広い敷地内にはあちこちに虫の声が聞こえてくるところから付けられたらしい)

室内もアンティークなカスティージャの家具でまとめられていて、シンプルな造りで、柱、梁、柵など木製の部分の黒と壁の白さの対比がとても美しい。

以前は名称に「Conde de Orgaz(オルガス伯爵)のパラドール」付いていましたが最近は単に「トレドのパラドール」とだけ呼ぶようです。
どうも雑誌などで、「元オルガス伯爵の館」を改装して作られたパラドールなどと誤解して書かれることが多かったからだろうか?

最高のロケーションであるから当然一年中混み合います。

多分、日本人もグラナダと1,2位を争う位多いと思いますが、寒い冬はやや観光客は減少しますが狩猟、会議などで訪れる人が多くなり、やはり予約が必要でしょう。。

日中のトレドの全景も勿論素晴らしいのですが、週末や要人が訪れたときには町全体がライトアップされて、そのときの景観は別格なのです。
平日しか泊まれず、それでも、どうしてもライトアップされたトレドが見たいと言うのならば、市では6万ptsで1時間町をライトアップして貰えるプランがあるとのことです。

マドリッドから近く、またスペイン有数の観光地でもあり沢山の政治家有名人が訪れていますが、イスラエルの暗殺されたラビン元首相もその一人でした。


☆トレドにて

ホテルで朝食を採っているときだ、隣にいた日本人の新婚旅行のようなカップルの話し声が耳に入ってきた。どうやら午後にトレドに行くかどうか決めかねているらしい。

観光ツァーだと帰りの前日にマドリッド市内観光で午後にオプショナルツァーとして
トレドか自由時間を選択するコースが多いらしい。
彼らもトレドには行きたいのだが、そうすると買い物の時間が無くなってお土産も買えないということだったのだ。

さて、そこで、お節介オジサンの登場だ。
「スペインまで来てトレドに行かないのは如何にも勿体ないヨ。」
「行かないからと言って(知らないのだから)後悔はしないかもしれないが、トレドに行ったら絶対にこのスペイン旅行がより思いで深いものになるよ。」
「お土産なんて空港でも買えるし機内でだって買えるじゃあナイですか、それにマドリッドに戻ってくるのは7時頃だから、スペインでは10時頃までデパートも開いてますからそれからでも買い物は出来るンですよ。」

二人は突然登場したアドバイスオジサンの言葉にトレド行きに相当心を動かされたようではあったが、それでも尚、奥さんの方が買い物も捨てがたい様子だった。
もう一押しだ!・・・。
「じゃあボクの友人で現地で旅行社をやっているヤツがいるから、そこに電話してみて
ください、多分1000ペセタくらい負けてもらえるから・・・」

そんな出来事を忘れていた頃、Eメールに知らない名前を見つけた。
そう、彼らからのお礼のメールだったのだ。
電話を書いた名刺にボクのEメールアドレスが載っていたのだ。
勿論、トレドに行って感激した、行って本当によかった、今度はもっとゆっくり歩き回りたい、トレドにも泊まってみたい・・・。そんなEメールだった。

こんなに喜んで貰えてお節介のし甲斐があった。
ボクも嬉しいし、友人の会社も儲かる、三方一両得だ。

もし、スペインに3時間しか居られないのならトレドに行け、3分しか居られないのなら
トレドの展望台に行けという言葉があるらしい。
トレドの展望台は何カ所かあるがトレドの町が全貌出来て本当に素晴らしい。
その内の一つがトレドのパラドールだ。
宿泊客は勿論だが、一般の観光客もテラスでトレドの町を眺めながらお茶を飲んでいる。

また、週末には町全体がライトアップされ、それは息を飲むほど素晴らしい。
パラドールの部屋のバルコニーからなら尚更だ。

でも週末以外にしか泊まれない客は逆に非常に無念に違いない。
ところが少々お金がかかるが、とっておきの奥の手があるのだ。
市では6万ペセタ(3万5千円位)で1時間ほど町全体をライトアップしてくれるという企画があるというのだ。

もし君達が新婚旅行でトレドのパラドールに泊まり、記念にライトアップを希望すれば、翌朝には君達は宿泊客みんなから感謝され祝福を受けるに違いない。

或いは、彼女に何かメモリアルのプレゼントと思っているのなら・・・。
「週末にはこのトレドの町がライトアップされて夜空に浮かび上がるように輝くンだって」彼女は「今度はその夜景を見に来たいわ」っとキット言うだろう。
そこで君は時を見計らってトレドに向かって指をパチンと鳴らす。
すると、あら不思議トレドの町がライトアップされて・・・。
(そんなにタイミング良く行くとも思えないが)
彼女は感激のあまり涙が頬を濡らし・・・一生の思い出に残る旅になるだろう。

ッテな事をスペイン在住の或る奥様に話をしたら、「もし私の旦那がそんなことをすると分かったらお金を頂戴って言うわ、6万ペセタで極上の生ハムが何本買えると思ってンのよ!」

あ?あ!

by"よっぴ"

2006年05月09日

第2回 カルドナ

みなさん、こんにちは?!!「パラドール紀行」のページにようこそ!
第一回目のグラナダ「ホテル、サン・フランシスコ」は如何でしたか?
皆さんの感想や質問、ご意見をお待ちしております。
さて、今日第二回目はカルドナです。
このカルドナを第二回目に選んだ理由としては、パラドールを代表する重厚で整った美しさと歴史を誇る古城で、非常に日本人に評判が高く、宿泊客の8%を占めるということです。
以前にこのパラドールに泊まったことがある方も多いでしょうし、これからも多くの方が訪れることと思われるからです。
今回の取材でも、やはり一組の日本の方とお話をする機会を得ることができました。
それは群馬県の「Iさんご夫妻」、新婚旅行でスペインを廻っていて、幸運にもこのパラドールに空き室があって泊まれたとのことでした。
旦那様のDさんはがっしりとした如何にも頼りがいのある好男子で、奥様のHさんはしっかり者のとても可愛い方、礼儀も正しいホントに素敵なカップルでした。
他にも数軒のパラドールに泊まられたようですが、その為に、あっちに行ったり、こっちに来たりでスケジュールはメチャメチャになってしまったようです。
でも何軒かのパラドールに泊まれたということはきっと良い思い出になっているでしょう。
Dさん!投稿をお願いしますね!(笑)

名称「Parador"Duques de Cardona"」カルドナ公爵のパラドール

カルドナはカタルーニャ州の中心部を流れるカルドネ川の流域に開けた要塞都市です。 バロセロナから約100kmしか離れていないのですが、もうピレネーの山裾に入ろうかと思われる頃に、丘の上に堂々とした美しい均整のとれた城が見えてきます。
此処は、かってローマ人の砦の跡にアラゴンの軍司令官カルドナ侯ドン・ラモン・ホルクによって建てられた9世紀の古城ということでパラドールの名称もそこからきているのです。 2世紀に建造された塔と11世紀に建造されたイタリア、ロンバルディア様式によるロマネスク芸術の傑作とされている円筒型の参事会教会が隣接しています。 その後増改築を加えながら代々カルドナ侯の居城として使われてきたのですが、近年荒れて廃墟同然となっていたものをパラドールとして蘇らせたのです。

パラドール内部にはサロン、廊下、部屋、レストランと重厚な家具が置かれており、がっしりとした石壁との組み合わせが中世城塞都市の雰囲気を漂わせています。


  
  

レセプションで最初に館内の案内図を渡されますが、確かに建物の内部は思ったよりもはるかに広く、おまけに複雑に入り組んでいてなかなか思ったところにたどり着けない造りです。

7階のバルからバルコニーに出て小さな塔に登れば、そこは遠くモンセラットの山並みの展望台となっています。

この塔は「乙女の塔」と呼ばれるもので、イスラムの若者に恋をしたキリスト教徒のお姫様が親の反対に遭い幽閉されて、死んでいったところだという話が残っています。
また此処はレコンキスタの最前基地で、総司令官ウィルフレッドが傷を負傷したときに傷口から流れる自分の血を指で盾に塗りつけて軍を奮い立たせた。
このときの盾の黄色と4本の指で塗られた赤い線がカタルーニャ州旗になったというのです。

レストランは2つありますがどちらもアーチの石柱が重厚な雰囲気を醸し出していて雰囲気は最高です。
尚、パラドールでは、このロマネスクの参事会教会での結婚式を執り行ってくれるということですので海外で結婚式を考えている方はどうぞ。
ハワイもいいでしょうがスペインのパラドールでの結婚式はもっと素敵ですよ。


☆塩の山(Montana de Sal)


カルドナのパラドールに入ると、レセプション・ロビーの飾り棚に赤い石で出来た小さな動物や花が飾られているの が目に付いた。どうやらこのパラドールでお土産として売っているらしい。

こんな所でメノウなんか産出するのかなあ?? どう見ても、その石はメノウの赤さ、輝きを持っていたのだ。ところが、レセプションのスタッフに聞いたところナントそれは岩塩で出来ているというのだ。

ここカルドナは昔から岩塩の産地ということで、確かにロビーの窓から町を望むと眼下にセメントの採掘場みたいな ところがあった。 そこが岩塩の採掘場で5億トンもの埋蔵量を誇り、周囲5kmにもわたって掘り下げられているという。

採掘場には博物館も建てられ、採掘のジオラマや大型の機械、岩塩で作った 工芸品などもあるという。
また、塩山の坑道には深さ1000m以上のものもありツァーガイド付きで見学ができるというので早速翌朝に出かけてみた。

歩くと少々かかるが30分程か、パラドールで教えてもらった道を進むと鉱山の事務所があった。(パラドールでタ クシーを呼んでもらってもよいだろう)

坑道の見学は時間が決まっているらしく、しばらく近くの博物館で待てと言う。そこは岩塩の出来方や採掘の仕方などを展示してある小さいながらも結構しっかりと作ってあり見応えがあった。
やがてガイドがやってきて別の大きな倉庫のようなところに連れて行かれたが、そこは岩塩を採掘するための大型機 械の展示場であった。 解説はスペイン語一点張りであったが、身振り手振りで説明をするので何となく分かったような顔をしていた。

やがて大型のジープの登場だ。 荷台を改造してベンチを両脇に作り、8人位座れるようになっている。 これで100m下の坑道の入り口まで降りて行くというのだ。
崖沿いの道は滑らぬように丸太が何百、何千と枕木のように敷き詰めてある。 この大型の洗濯板の上を4駆のジープで走るのだから揺れがスゴイ!クルマにしがみついていないと振り落とされそ うになる。
乗っている時間は7,8分だろうが遊園地のジェットコースターなんかよりもはるかにスリルがあって面白い。

やがて坑道の入り口に到着して周りを見渡すと、ナントまるで雪に覆われたアルプスに囲まれているような景色だ。 エッエッ?!これがぜ?んぶ塩なのか??

「初雪やこれが塩なら大儲け」なんて俳句があったが、それどころではない、どうにも信じられなくてチョットだけ 指先に付けて舐めてみるが確かにショッパイ。


坑道の中はヘルメット着用で10人くらいずつガイドに引率されて入っていく。 見学するのは、現在は既に使われていない旧坑道だけれども、一番深い坑道は1000m以上になると言うからスゴ イ。
そして、坑道をしばらく進むと「なんと、まあ?!」天井から鍾乳石ならぬ岩塩が氷柱状となってぶら下がり、まる で鍾乳洞の中と同じ光景ではないか。


この坑道は人間が掘ったものに違いないけれどとてもそうは思えない、まさに一見の価値があると思う。

帰りはまた4駆に乗りスリル満点の道をオフィスまで戻る。
オフィスの脇に小さな売店があるが、塩は売っていなかった(笑)
因みにあのメノウと間違えた彫刻の材料は岩塩の鉱脈の最下層の部分の結晶だそうだ。つまり、白い純粋な塩分は上層部にあり、不純なミネラルをいっぱい含んだ塩分は重くて下層部に溜まり、その不純 なミネラルを含んだ塩の結晶を使って彫刻をしたという。
やはり舐めたらショッパイのかなあ??

by“よっぴ”

2006年05月05日

第1回 グラナダ

みなさん、こんにちは?!!「パラドール紀行」のページにようこそ!
このコーナーを担当する"よっぴ"です。ヨロシク!

週に一回か二回、スペイン各地のパラドールから一カ所を選び、その周辺の観光地、或いはスペイン旅行に役立ちそうな??トピックスも交えて紹介していこうと思っています。
これからスペインに行く方、行って来られた方、パラドールに興味ある方、将来行こうと考えていられる方、どんな方でもスペインに興味のある方は大歓迎です。
画像も豊富に用意しましたのでインターネット・パラドール旅行をお楽しみ下さい。

また、読んだ方は感想、質問、何でも結構ですので掲示板に投稿して下さいね。
まだまだ知らないことばかりですし、あまり文法や歴史を追究されてしまうとスグに落ち込んでしまう方なのでお手柔らかにお願いいたします。(笑)

さて全85カ所をどのような順序で紹介をしていこうかと考えていますが、先ず第一回ということで、パラドールでも最も人気のある、グラナダのアルハンブラ宮殿の中の「ホテル・サン・フランシスコ」でシカタないだろうと言うことで。。。

では
第一回グラナダ「ホテル、サン・フランシスコ」から始めることにいたしましょう。

名称「Parador"San Francisco"」

1492年1月2日、イスラム最後の砦グラナダを奪還してスペイン全土でのレコンキスタが完成するのですが、(レコンキスタとは国土回復戦争という意味で、711年にイスラム教徒であるモーロ人の来襲によってイベリア半島を占拠されたのを800年近くかかってキリスト教徒の手に取り戻したことを言います。)このときにイサベル女王とフェルナンド?の両カトリック両王によってアラブのモスク跡に建てられ、カトリック両王が住んでいたのです。(が、当時はアメリカ大陸発見という目的の為に予算があまりなく以外と簡素なものだったらしい。)それが450年後の1944年改装され、パラドールとして蘇ったのです。
アーチの回廊に囲まれた中庭はあくまで静寂で、中央に噴水、周りの木々が侘びしさを醸し出していて、アラブとキリストの融合した独特の空間なのに何故か日本的な「わび・さび」雰囲気を感じるのは何故でしょうか。
建物内部は、アラブ様式と思われるものが多く見られますが、16?20回の改装を繰り返し、家具なども徐々に変えていますが、パラドールは専門の業者をかかえているいる為、当時と同じ形、模様などを再生することも可能なのだそうです。
現在部屋は36室あり、室内はやや他のパラドールと比べると狭いのですが、法律によって、建物自体は1センチたりとも広げることができないので、部屋を今以上大きくするには数の縮小以外ないので無理だと言うことです。
しかし、部屋の窓からはヘネラリフェ、セカノ庭園やアルバイシンの丘、遠くにはシェラネバダの山を望む贅沢この上ない景観が待っているのです。

あまりにも人気が高いため、2年先まで予約で満室だと言う噂まで流れたらしいのですが、実際は2年後の予約をしていた宿泊客も過去に居たということが真実だったようです。
しかし、4・5・9・10月は4?6ヶ月前の要予約だし、現在でも1年先の予約も入っているとのことです。

年間を通して97?99%の予約率で、90%を外国人が占めており、自国のスペイン人はわずか10%しかありません。
これは、スペイン人にとっては何ヶ月も前にホテルの予約を取るということは、あまり考えられないということなのでしょう。
それに、一度宿泊した人は、スペインへ旅行に来るとき、このパラドールをリピートする人もおおいのだそうです。

今まで、各国首脳、王室、アラファト議長、ソフィア・ローレンなどが宿泊している他
国際的な会議にも使われています。
尚、1944年このパラドールがオープンしたときのディレクターは現在のディレクターのお母さんだったのだそうです。
だからディレクターにとっては、「ここは我が家のようなものだ、このパラドールに泊まるときには自分の家のようにくつろいで欲しい」と言っていました。

アルハンブラ宮殿を見るのなら、アルバイシンにある、サン・ニコラス広場の展望台からが一番です。夕焼け時に万年雪を頂くシェラネバダの山並みを背景にした赤い城壁のアルハンブラ宮殿と裾に広がるグラナダの町並みがことのほか素晴らしいのです。
グラナダからのエクスカーションとしてチョット面白いところにグアディックス(Guadix)があります。
グラナダから東に60kmほどのところに洞穴を利用した家が立ち並ぶ集落です。 一帯の住居は凝灰岩の岩をくり抜いて住居としたもので換気のために円錐形の煙突がニョキニョキと出ていて一種独特の風景をつくっています。 もちろん、現在も住まいとして使用されているので立ち入ることは出来ませんが、その中でもかなり大きい一軒が博物館として内部の様子を見ることができます。
この家は14.5世紀に建てられたもので、夏も冬も常に気温が18度に保たれていたため、保存状態が大変いいようです。人も動物も、同じ家の中に住んでいて、馬の部屋や豚の部屋などもあります。また昔の冷蔵庫や、20世紀から使われていたベッド、グアディックス産の楽器陶器などの民族資料も展示してあります。

☆アルハンブラにて

観光客の雑踏から一人離れ林の中をアルハンブラ宮殿を背にしてダーロ川に向かって道を下り始めた、目指すは川向こうのアルバイシンの丘である。

足を急がせるのは下り坂だからというだけではなかった。
時折振り返りながらアルハンブラ宮殿を眺める・・・・。
そんなに急がなくても時間はまだまだあるのに・・・っと自分自身に言い聞かせるのだけれど・・・、自然と足が速くなってしまう自分が何か子供じみているな、と思うのだけれど、そんな気持ちが残っている自分自身を発見して何となく嬉しく感じてしまう。

アルバイシンの丘に行く目的はただ一つ、昔、何かの本に載っていたアルハンブラ宮殿の夕暮れを実際に見たいが為なのだ。
本物のアルハンブラ宮殿の夕暮れが間近に迫っていると思うと何かドキドキと心臓の鼓動が聞こえてきそうな気がする。

アルバイシンの丘の展望台サン・ニコラス広場に着いたのは、まだ日没まで1時間程あったが、それでも、もう100人近い観光客や地元の若者がたたずんでいた。
此処から眺めるアルハンブラは雪化粧のシェラネバダの山並みを従え見事なまでに美しい。

夕日に溶け込んでいくアルハンブラは栄枯盛衰の歴史をそのまま映し出しているようで
美しいゆえより物哀しさを感じるのだった。
あの名曲「 アルハンブラの想い出」を作った作曲家 フランシスコ・ターレガも同じような思いで曲を作ったのだろうか・・・。

サン・ニコラス広場でカメラを構えていると40代から70代、7人ばかりのグループに話しかけられた。「すみません、シャッターを押して下さい!」
結局グループ全員の集合写真をそれぞれ全員のカメラのシャッターを押すことになってしまった。

この方々は東京の或る大学の公開講座「スペイン語」の生徒20人ほどで先生と一緒にツァーを組んでのスペイン旅行中なのだが、元気の余っている7人だけでアルハンブラの夕暮れを見に来たとのことであった。

タクシーも捕まらないし大した距離でもないので帰りは一緒に市街地まで下って行くことにした。アルバイシンから市街地までの道はまるで迷路のようだ。
細い路地が無数に入り組んで東に向かっているのか西に向かっているのか、まるで分からなくなってくる。
でも、心配はいらないのだ、どの道を通っても坂を下り続ければ、ほぼ同じところに着いてしまうからだ。

「どちらにお泊まりですか?」と一行の中で一番若そうな女性から尋ねられたので、
「アルハンブラのホテル・サンフランシスコというパラドールです」っと答えると、思わず一斉に「おお?!」という歓声が上がった。
「いやあ、此処のパラドールはパラドールの中でも一番人気があるんですよね、良く予約が取れましたねえ?」
「私達も泊まりたかったので、せめて何人かだけでも泊まれないかと旅行社に聞いて貰ったのですが無理だと言われました」

実は私も以前からパラドールの話を聞いていたので、この11月の遅い夏休みのスペイン旅行に是非パラドールというものに泊まってみたいと思い数ヶ月前にスペイン在住の友人に頼んで取って貰っていたのだ。

「でも、今日のお昼にはパラドールのレストランでランチをしたんですよ」
「雰囲気もすてきだし、お値段も安くてとても良かったですよ・・・・。」

そのあと部屋の様子など聞かれたのだが、朝の10時頃に到着して荷物を預けたままアルハンブラ宮殿の見学に出てしまったので、残念ながら何も話が出来なかった。

一行と別れライトアップされたアルハンブラを目指す。
さあ、今宵はモーロ人の埋めた財宝を手に入れる夢でも見ることにしようか・・・。

by"よっぴ"