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第1回 グラナダ

みなさん、こんにちは?!!「パラドール紀行」のページにようこそ!
このコーナーを担当する"よっぴ"です。ヨロシク!

週に一回か二回、スペイン各地のパラドールから一カ所を選び、その周辺の観光地、或いはスペイン旅行に役立ちそうな??トピックスも交えて紹介していこうと思っています。
これからスペインに行く方、行って来られた方、パラドールに興味ある方、将来行こうと考えていられる方、どんな方でもスペインに興味のある方は大歓迎です。
画像も豊富に用意しましたのでインターネット・パラドール旅行をお楽しみ下さい。

また、読んだ方は感想、質問、何でも結構ですので掲示板に投稿して下さいね。
まだまだ知らないことばかりですし、あまり文法や歴史を追究されてしまうとスグに落ち込んでしまう方なのでお手柔らかにお願いいたします。(笑)

さて全85カ所をどのような順序で紹介をしていこうかと考えていますが、先ず第一回ということで、パラドールでも最も人気のある、グラナダのアルハンブラ宮殿の中の「ホテル・サン・フランシスコ」でシカタないだろうと言うことで。。。

では
第一回グラナダ「ホテル、サン・フランシスコ」から始めることにいたしましょう。

名称「Parador"San Francisco"」

1492年1月2日、イスラム最後の砦グラナダを奪還してスペイン全土でのレコンキスタが完成するのですが、(レコンキスタとは国土回復戦争という意味で、711年にイスラム教徒であるモーロ人の来襲によってイベリア半島を占拠されたのを800年近くかかってキリスト教徒の手に取り戻したことを言います。)このときにイサベル女王とフェルナンド?の両カトリック両王によってアラブのモスク跡に建てられ、カトリック両王が住んでいたのです。(が、当時はアメリカ大陸発見という目的の為に予算があまりなく以外と簡素なものだったらしい。)それが450年後の1944年改装され、パラドールとして蘇ったのです。
アーチの回廊に囲まれた中庭はあくまで静寂で、中央に噴水、周りの木々が侘びしさを醸し出していて、アラブとキリストの融合した独特の空間なのに何故か日本的な「わび・さび」雰囲気を感じるのは何故でしょうか。
建物内部は、アラブ様式と思われるものが多く見られますが、16?20回の改装を繰り返し、家具なども徐々に変えていますが、パラドールは専門の業者をかかえているいる為、当時と同じ形、模様などを再生することも可能なのだそうです。
現在部屋は36室あり、室内はやや他のパラドールと比べると狭いのですが、法律によって、建物自体は1センチたりとも広げることができないので、部屋を今以上大きくするには数の縮小以外ないので無理だと言うことです。
しかし、部屋の窓からはヘネラリフェ、セカノ庭園やアルバイシンの丘、遠くにはシェラネバダの山を望む贅沢この上ない景観が待っているのです。

あまりにも人気が高いため、2年先まで予約で満室だと言う噂まで流れたらしいのですが、実際は2年後の予約をしていた宿泊客も過去に居たということが真実だったようです。
しかし、4・5・9・10月は4?6ヶ月前の要予約だし、現在でも1年先の予約も入っているとのことです。

年間を通して97?99%の予約率で、90%を外国人が占めており、自国のスペイン人はわずか10%しかありません。
これは、スペイン人にとっては何ヶ月も前にホテルの予約を取るということは、あまり考えられないということなのでしょう。
それに、一度宿泊した人は、スペインへ旅行に来るとき、このパラドールをリピートする人もおおいのだそうです。

今まで、各国首脳、王室、アラファト議長、ソフィア・ローレンなどが宿泊している他
国際的な会議にも使われています。
尚、1944年このパラドールがオープンしたときのディレクターは現在のディレクターのお母さんだったのだそうです。
だからディレクターにとっては、「ここは我が家のようなものだ、このパラドールに泊まるときには自分の家のようにくつろいで欲しい」と言っていました。

アルハンブラ宮殿を見るのなら、アルバイシンにある、サン・ニコラス広場の展望台からが一番です。夕焼け時に万年雪を頂くシェラネバダの山並みを背景にした赤い城壁のアルハンブラ宮殿と裾に広がるグラナダの町並みがことのほか素晴らしいのです。
グラナダからのエクスカーションとしてチョット面白いところにグアディックス(Guadix)があります。
グラナダから東に60kmほどのところに洞穴を利用した家が立ち並ぶ集落です。 一帯の住居は凝灰岩の岩をくり抜いて住居としたもので換気のために円錐形の煙突がニョキニョキと出ていて一種独特の風景をつくっています。 もちろん、現在も住まいとして使用されているので立ち入ることは出来ませんが、その中でもかなり大きい一軒が博物館として内部の様子を見ることができます。
この家は14.5世紀に建てられたもので、夏も冬も常に気温が18度に保たれていたため、保存状態が大変いいようです。人も動物も、同じ家の中に住んでいて、馬の部屋や豚の部屋などもあります。また昔の冷蔵庫や、20世紀から使われていたベッド、グアディックス産の楽器陶器などの民族資料も展示してあります。

☆アルハンブラにて

観光客の雑踏から一人離れ林の中をアルハンブラ宮殿を背にしてダーロ川に向かって道を下り始めた、目指すは川向こうのアルバイシンの丘である。

足を急がせるのは下り坂だからというだけではなかった。
時折振り返りながらアルハンブラ宮殿を眺める・・・・。
そんなに急がなくても時間はまだまだあるのに・・・っと自分自身に言い聞かせるのだけれど・・・、自然と足が速くなってしまう自分が何か子供じみているな、と思うのだけれど、そんな気持ちが残っている自分自身を発見して何となく嬉しく感じてしまう。

アルバイシンの丘に行く目的はただ一つ、昔、何かの本に載っていたアルハンブラ宮殿の夕暮れを実際に見たいが為なのだ。
本物のアルハンブラ宮殿の夕暮れが間近に迫っていると思うと何かドキドキと心臓の鼓動が聞こえてきそうな気がする。

アルバイシンの丘の展望台サン・ニコラス広場に着いたのは、まだ日没まで1時間程あったが、それでも、もう100人近い観光客や地元の若者がたたずんでいた。
此処から眺めるアルハンブラは雪化粧のシェラネバダの山並みを従え見事なまでに美しい。

夕日に溶け込んでいくアルハンブラは栄枯盛衰の歴史をそのまま映し出しているようで
美しいゆえより物哀しさを感じるのだった。
あの名曲「 アルハンブラの想い出」を作った作曲家 フランシスコ・ターレガも同じような思いで曲を作ったのだろうか・・・。

サン・ニコラス広場でカメラを構えていると40代から70代、7人ばかりのグループに話しかけられた。「すみません、シャッターを押して下さい!」
結局グループ全員の集合写真をそれぞれ全員のカメラのシャッターを押すことになってしまった。

この方々は東京の或る大学の公開講座「スペイン語」の生徒20人ほどで先生と一緒にツァーを組んでのスペイン旅行中なのだが、元気の余っている7人だけでアルハンブラの夕暮れを見に来たとのことであった。

タクシーも捕まらないし大した距離でもないので帰りは一緒に市街地まで下って行くことにした。アルバイシンから市街地までの道はまるで迷路のようだ。
細い路地が無数に入り組んで東に向かっているのか西に向かっているのか、まるで分からなくなってくる。
でも、心配はいらないのだ、どの道を通っても坂を下り続ければ、ほぼ同じところに着いてしまうからだ。

「どちらにお泊まりですか?」と一行の中で一番若そうな女性から尋ねられたので、
「アルハンブラのホテル・サンフランシスコというパラドールです」っと答えると、思わず一斉に「おお?!」という歓声が上がった。
「いやあ、此処のパラドールはパラドールの中でも一番人気があるんですよね、良く予約が取れましたねえ?」
「私達も泊まりたかったので、せめて何人かだけでも泊まれないかと旅行社に聞いて貰ったのですが無理だと言われました」

実は私も以前からパラドールの話を聞いていたので、この11月の遅い夏休みのスペイン旅行に是非パラドールというものに泊まってみたいと思い数ヶ月前にスペイン在住の友人に頼んで取って貰っていたのだ。

「でも、今日のお昼にはパラドールのレストランでランチをしたんですよ」
「雰囲気もすてきだし、お値段も安くてとても良かったですよ・・・・。」

そのあと部屋の様子など聞かれたのだが、朝の10時頃に到着して荷物を預けたままアルハンブラ宮殿の見学に出てしまったので、残念ながら何も話が出来なかった。

一行と別れライトアップされたアルハンブラを目指す。
さあ、今宵はモーロ人の埋めた財宝を手に入れる夢でも見ることにしようか・・・。

by"よっぴ"