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第16回 ロンダ

はろはろ!こんにちは〜!“よっぴ”の「パラドール紀行」です。
第16回は切り立った崖の上の町ロンダです。
アンダルシアを代表する絶壁の町ロンダはグアダレビン川(Rio Guadalevin)がえぐった峡谷のタホ(Tajo)とよばれる750メートルの巨大な台地の上にあります。
渓谷によってこの町は二分され、その異なった地域を結んでいるのが、この町のシンボルである壮大な橋、プエンテ・ヌエボです。 この橋から望む素晴しい景観、特に日没は壮大です。 
この橋は18世紀に架けられ、全長100メートル以上に渡ってイスラムの支配の名残が残る旧市街ラ・シウダー(La Ciudad)とイスラム支配奪還後に開けた新市街とを結んでいます。 
ロンダは世界で最も美しい町の一つに数えられ今なお中世の雰囲気を漂わせています。 

第16回Ronda
名称Parador de Ronda

切り立った「タホTajo」と呼ばれる崖の上の台地にある町として有名なロンダ。

グアダレビン川渓谷に架けられた200年前のヌエボ橋、この100mを越す絶壁を見下ろすヌエボ橋のたもとに1994年、この新しいパラドールが開業されました。

18世紀から1979年まで市庁舎として使われていた建物とそして市場があった所を使ってパラドールを造ったという。

スペイン広場に面した正門の部分に市庁舎の面影を残す一方、玄関ロビーの入り口は大胆な前衛的デザインのしゃれたパラドール、勿論1年中観光客の絶えることのない大人気のパラドールで2年先の予約が入っているというから驚きだ。

客室は険しい崖に面したスリル満点の部屋にお庭のある部屋などバラエティーに富んでいて、中にはDuplexなメゾネットタイプのスウィートの部屋もある。
スタンダードの部屋もかなり広くゆったりと作られている。
玄関ロビーを含めて1階は明るい吹き抜けのサロンで広々とした空間を生み出している。
レストランは階下にあり、ここからは渓谷の眺めが素晴らしい。

  

ヘミングウェー、オーソンウェルズ、東郷青児etcと文豪や有名な画家が闘牛(発祥の町)、や景観にひかれてやってくる人が多い、とても魅力的な町ロンダのパラドールである。
マドンナもこのパラドールに滞在して、プロモーションビデオを制作している。

市内の見所も多いが周辺にも訪れる処が多くあり、パラドール自らもしくはExcursionの紹介も行っている。
"Pileta"の洞窟、ローマ時代のロンダの遺跡、グラサレマ(Grazalema)、サアラ・デ・ラ・シェラ(Zahara de la Sierra)など素朴で美しい白い町や自然を訪ねるコース、また馬に乗ってのこうしたExcursionもある。
ちょっと変わったところでは気球でロンダを空から見るというのもある、お値段は1人165€(税抜きの価格)と少し高めだが(朝食付き)・・・。


☆ 闘牛の話
ロンダには昔山賊が住み着いていたらしい。
タシカに断崖絶壁に張り付いているような町の怖いような景観を見ると成る程とうなずくものがある。
そんな景観とは別に、ロンダは近代闘牛発祥の地として知られているのです。
それまでは闘牛と言えば貴族が馬に乗り、野生の猛牛と槍で戦い、倒す。と言う貴族の遊び、ゲームだったのですが…。
それが、1698年のある日、この町で或る事件が起こりました。
この遊びに興じていた貴族の馬が野牛の角に突かれて馬が倒され、貴族は地面に叩き付けられます。
馬は牛の角で八つ裂きにされ、貴族にも襲いかかろうとした、その時、下働きの使用人の男が野牛の前に立ちはだかり主人を助けるのです。
手に持った帽子をムレータ(闘牛士が使う赤い布)のようにかざし、猛牛を何度もやり過ごし、観衆はこの妙技に拍手喝采をします。
そう、この男こそ貴族の遊技を芸術にまで高め、近代闘牛を生んだフランシスコ・ロメロなのです。

そして、この町には1785年に建設されたスペイン最古の木製の小さな闘牛場があり、モチロンこの闘牛場は現在でも使われています。
観客席は陽の当たるソルSolと日陰のソンブラSombra、そして中間のSol y Sombraとに分かれており、もちろんアンダルシアの暑い夕日を受けるSolが大衆席です。
闘牛場の観客席下の狭い空間を利用して闘牛博物館が作られており、ロメロ一族(フランシスコ・ロメロと息子、有名な孫のペドロ・ロメロ)、他ロンダの英雄たちの衣装や写真が展示されています。

貴族の遊びから、今度は腹を空かせた若者が死と向き合い、富と名声を得るためのハングリースポーツ、芸術となったのです。
一時、闘牛人気が衰えたときもありましたが、現在は伝統の復活で多くの若者が闘牛士をめざしています、が、成功するのはほんの一握りでしかありません。

素朴な疑問として殺された牛はどうなるのでしょう?
貴族の遊戯だった時代には、殺された牛の肉は貧しい人たちに分け与えられたという慈善的な意味も持っていたようです。
ただ、野生の雄牛の睾丸は精力剤として、牛を殺した貴族が食したようですが…。
現在も闘牛場には屠殺場が併設してあり、食肉として供されているそうですが、やはり肉は固いとか…、でもどう猛な野牛の肉ということで結構人気があるそうです。

闘牛はかってほどの人気はないとはいえ、それでも伝統のある競技であり、スペインの中ではサッカーと並ぶ人気スポーツです。
好カードのチケットは何十倍ものプレミアムが付きますし、それでも入手困難な場合もあります。
開催は通常は夏期の日曜日ですが、マドリッドなどでは連続開催もあります。
観戦希望の方は早めにチケットの手配をした方がヨイでしょう。

因みにカタルーニャ州議会においては、同州(州都バルセロナ)での闘牛を2012年から禁止するとの法案が可決されバルセロナでは闘牛観戦ができません。
そしてかつての闘牛場はショッピングモールやコンサート会場、映画館などに変身しているそうです。

by“よっぴ”