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2013年02月27日

第29回 サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今日はサンティアゴへの道のフランス街道Camino Furancisにある町サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダのとっても素敵なパラドールを紹介しましょう。

第29回Santo Domingo de la Calzada
名称「Parador de Santo Domingo de la Calzada」サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダのパラドール

Santo Domingo de la Calzadaはサンティアゴに向かうフランス街道沿いの巡礼者達の町だ。 ログローニョから約50km、巡礼路には見渡すばかりの葡萄畑が続いている。
この長ーい名前のサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダとは、サンティアゴへの巡礼者のためにこの石畳の道(カルサダ)を整備し橋を架け、村に病院や宿を作った聖ドミニクス(スペイン名でドミンゴ)から来ている。
サンティアゴの巡礼路は全体が世界文化遺産として登録されているのでこの町も当然世界遺産なのですが、この巡礼路に12世紀に巡礼者のための宿、及び救護院として建てられた建物が現在のパラドールで国の文化財として指定されているのです。
1990年からの増改築では3年半の年月と7億円の経費がかかったそうです。 サロンは石組みのアーチ型の柱や壁が広い空間を生み出し、その美しさにはため息が出るほどで多くの旅行ガイドや雑誌に掲載されているのでご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?

少し抑えめの照明とインテリアは当時のままの荘厳な雰囲気を残しています。
部屋も控えめなインテリアで、窓から見下ろす小さなサント広場を挟んですぐ目の前には国の重要文化財のカテドラル、バロック様式の鐘楼が隣接しており、部屋に居ながらにして歴史の重みに浸ることが出来るでしょう、勿論、洗面やバスなどの設備は超一級です。
パラドールの前の広場が狭く駐車するスペースが少ないので駐車場は地下に作られています。

  

パラドールのあるリオハ地方は世界でも名高いスペイン最大のワインの産地でもあります。
勿論レストランではリオハワインと新鮮な野菜を使った美味しいリオハの郷土料理がいつも用意されているのです。

  

このサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダのパラドールから800メートルほど離れた場所に2004年、この町二つ目のパラドールサント・ドミンゴ ベルナルド・デ・フレスネダ/SANTO DOMINGO BERNARDO DE FRESNEDAがオープンしました。
人気の高いパラドールはなかなか予約が取れないため改装・増築により部屋数を増やしていますが歴史的建物は敷地も狭く改装もできないので、近くの雰囲気のある歴史的建物を利用して宿泊客の増加に対応したものです。(同じコンセプトで建てられたものにサンテジャーナ・デル・マルの二つ目のパラドールがあります)
このフレスネダのパラドールは1595年にファン・デ・エレラが再建したサンフランシスコ修道院の中の宿泊所施設を改装したものです。(他に教会・アトリエ−美術館があります)
 カルサダのパラドールは4☆ですがこのフレスネダの方は3☆です。 
カルサダの予約が取れない場合、少し安く上げたい場合などに利用されるとイイと思います。
3☆でもパラドールの雰囲気はバッチリです。


☆ドミンゴの奇跡

サンティアゴへ向かう両親と息子の巡礼者がこのサント・ドミンゴに宿を取ったときのことです。
その宿の娘がこの巡礼の息子に一目惚れしてアプローチをかけます、しかし、この息子はその娘の誘いを断ります。
怒った娘は、その宿の大事な宝物である銀の食器を、その息子の荷物の中に隠し、宝が無くなったと騒ぎ立て役人を呼び、その息子の荷物を調べ犯人の濡れ衣を着せるのです。
裁判ではろくに取り調べもせずに、判事はその息子を絞首刑に処してしまいます。
サンティアゴの巡礼からの帰り道に両親は首を吊されたまま生きている息子に出会うのですが、絞首刑にされた息子が未だ生きていて「私は無実の罪で吊されたのを聖ドミニクス様が守って下さって生きております。判事に話して私を下ろして下さい。」と言うのです。

その話を聞いた判事は若鶏の丸焼きを食べながら「そんなバカな話があるか、それはまるでこの料理された鶏が生き返るようなものだ!」
そう言った途端、その料理された鶏は羽が生え生き返ったと言うのです。
この話に因んで大聖堂にはつがいの鶏が飼われているのです。


☆vinoワイン

ワインを作る良質の葡萄は何と言っても乾燥した地帯それも朝と夜との温度差が顕著なところに生育すると言いますが、このリオハ地方はその条件にぴったりの地なのです。
1870年頃、フランスのボルドーで害虫の為に葡萄が全滅したため、ボルドーのワイン業者がワイン作りの為の地を探し求めて辿り着いたのがこのリオハ地方でした。
もちろん、それまでもこの地方は優れたワインの産地ではありましたが、それに加えてフランス・ボルドー製法技術が導入されることになるのです。
世界一の製法技術と最良の耕作条件がリオハで一緒になったのですから、リオハのワインが美味しくないハズはありません。
リオハのワインはフランスの国境と平行して流れるエブロ川沿いで作られています。
因みに、イスラム教の聖地メッカでは気温が高すぎて葡萄の栽培に適していませんでした。
その為にイスラム教では禁酒となったと言われているのですが…。

ワインの 世界3大産地と言えば、フランス、イタリア、スペインですが、葡萄栽培面積の世界一は1200000(百二十万)ヘクタールのスペインです。
そして、輸出は800万ヘクタリッターをこえています

スペインではワインの品質の保持と改良のために、原産地呼称庁INDOという政府機関があり、原産地呼称DOによって保証される生産物の製造と品質に関して指導、監視、規制を行っています。
DOとは地方、地域、区域の地理上の名称で独自の品質と特徴をあらわしています。
具体的には葡萄畑、醸造所、生産等の登録を行い、ワインの醸造と品質の関する指導監督監視を行っているのです。
その原産地呼称の数は53もあり、特にリオハはスペイン最高のビンデージワインの生産地として最も有名でしょう。
長い年月を経たレゼルバ、そして特に選ばれた当たり年のワインを大切に熟成させたグランレゼルバはヨーロッパの最も偉大なワインの一つとされています。

ところで、ドコドコ産の何年モノはどの料理に合うとか赤は肉料理、白は魚料理とか、うるさく言うのはワインを生産していないイギリス人あるいは日本人?だそうです。 そう言えばスペインではパラドールでさえ、料理に構わず白でも赤でもロゼも地元のワインを飲んでいる人が多いようです。 一本の赤ワインのボトルが空いたら次は白にしようとかその時の気分で頼んでいます。 楽しくて美味しければ作法は関係ないのでしょう。

良くスペインでは水が悪いから水の変わりにワインを飲むとか子供でもワインを飲ませるとか言われていますが、食事のときにはワインと一緒に水も頼むことが多いし、子供はやはり水やジュースを飲んでいます。
リオハの他に少しDOを紹介しましょう。

Rias Baixasリアスバイシャス
フルーティでスペイン最高の白ワインとして有名です。

Cavaカバ
シャンパン製法で造られる国際的に知られたスパークリングワイン、はっとするような辛口や優雅な中辛口のカバは食前酒や食後酒として理想的です。

Ribera del Dueroリベラ・デル・ドゥエロ
優雅なビンテージの赤ワインで名高く現在最も注目されているワインです。

Sherryシェリー
葡萄酒から造られるものに食前酒として愛飲されているものにシェリー酒があるが、これはポルトガルとの国境近くのヘレス・デ・ラ・フロンテーラという町で造られています。
本当のシェリーはスペインでのみ造られるのです
と、言うよりもこの付近の土地で造られたものしかシェリーの名前を付けることができないのです。これはフランスのシャンパーニュ地方で生産されるものしかシャンペンの名前を付けられないのと一緒です。
シェリー酒の作り方は複雑で、古い葡萄酒に新しい葡萄酒を混ぜ合わせたり非常に手間がかかり、経験が必要だと言われます。
また、シェリー酒の樽にはアメリカのオーク材が使われるが、このシェリー酒を造った後の古い樽がスコッチウィスキー作りには欠かせないのです。
この古樽にウィスキーを寝かせることで、あの琥珀色が生まれるのだそうです。

by"よっぴ"

2013年02月20日

第28回 サフラ

はろはろ!こんにちは〜!“よっぴ”の「パラドール紀行」です。
今日は前回に続きエストレマドゥラから素晴らしいアルカサル(宮殿)のパラドールを紹介しましょう。

第28回サフラZafra
名称Parador"Hernan Cortes ”エルナンコルテスのパラドール

エストレマドゥラの最古の町のひとつサフラは小セビージャと呼ばれ町全体が国の文化財に指定されています。 そしてこの白い町の入り口には9本の円塔を持つ堂々としたアルカサルが建っています。 15世紀にアラブの要塞跡にこの地Zafraの領主であるFeria公爵の一族によって建てられたアルカサルが現在のパラドールとなりました。

建物の内部はムデハル、バロックなど各時代の美術様式が競うように古城を彩っており、 15世紀中頃のゴシック・ムデハル様式の礼拝堂のあるサロン、有名な建築家の手によるルネッサンス様式の中庭など、贅沢な雰囲気に包まれています。
中でも圧巻は3階の元の建物を上手く生かしたパラドールのシンボルとも言える塔を利用して作られた部屋で、500年前のオリジナルの装飾をそのまま生かした重厚な部屋(天井がすごい)があります。

  
一番高い塔には当時のフレスコ画も残されています また15世紀中頃の天井が見事なゴシックムデハル様式の礼拝堂を装飾とした小サロン(ちょっとしたパーティー、会議に使える)は金色に輝いておりうっとりするほど美しい。
白い大理石で出来た中庭Patioはエル・エスコリアル修道院の設計で有名な建築家ファ・ンデ・エレーラJuan de Herreraの作品、ルネッサンス様式 のもので、この中庭のおかげで建物に光が射し込むようになったと言います。

この城が将来パラドールとなるのを暗示するかのようにFeria公爵家に招かれて各時代の有名人が此処を訪れています、メキシコを制服したエルナン・コルテスも新大陸へ出かける前にこちらに滞在しています。
そこからこのパラドールは"Parador de Hernan Cortes" と呼ばれているのです
このパラドールも一時、病院、軍の施設として使われていました。

サフラ (Zafra)は、スペイン、エストレマドゥーラ州、バダホス県にある都市ですが、町は案外小さく必要で在れば貸自転車もありますが、歩いてもすぐに回れてしまいます。
 隣接した二つの広場、Plaza Grande(大きい広場18世紀)とPlaza Chica(小さな広場16世紀)は調和がとれてとても素敵な雰囲気を醸し出しています。

  
サフラ近郊は最高級イベリカ種黒豚の産地として有名ですが、10月5日から1週間開かれるサン・ミゲルの縁日では大規模な家畜市が開催されます。 レストランではこの地方の特産黒豚(イベリカ種)から作られる高級生ハムや、その黒豚を育てる餌であるExtremadura地方のドングリを使った珍しいケーキ(Tarta de Bellota) を味わうこともできます。

☆生ハム

スペインの食べ物で世界的に有名な物と言えば生ハム(ハモン)jamon が思い浮かぶだろう。
イタリアのプロシュット、中国の金華火腿と並んで世界三大ハムのひとつといわれる。
加熱もスモークもせずに豚の太ももの部分を熟成させて作られる。
これを薄く削いで食べるハモンは豚の肉と塩味だけのまさに天然物だ。
バルでは何処でもこの豚の太ももを天井からぶら下げている。
ぶら下げられたハモンには逆さ傘が付いているが、これはハモンから滴り落ちる脂を受けるためのものだ。
パンにチーズと挟んでボカディージョにしても美味しいし料理の味付けにも使われる。

もちろん一口にハモンと言っても種類も沢山あるし値段もまちまちだ。
何処のバルでも食べられる白豚を熟成したごく普通の生ハムがjamon serrano だ。
「セラーノ」は「山の」という意味である。
イベリカ種の黒豚を使った高級生ハムが(ハモン・イベリコ)jamon iberico と呼ばれる(「イベリコ」とはスペイン語で、「イベリア半島の」という意味である)。 生産数はハモン・セラーノより非常に少なく、その飼育にも手間がかけられ、出荷されるまでの熟成期間も長いため、非常に高価でjamon serranoの倍以上の値段がする。 
小さなバルではなかなか置いてないがパラドールのレストランのメニューには必ずある。

よくイベリコ豚は餌にどんぐりや栗の実だけを使って育てられると言われるが、普通は大きく育てるために飼料を加えて育てられ、どんぐりを主体に育った豚の中で認可を得たものだけが「ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ(jamon iberico や de bellota。bellota=どんぐり)」と名づけられ、味、品質とも最優秀品質とされる。
つまり、イベリコ豚のうちでもどんぐりの実だけを使って育てられるドングリ豚にのみベジョータ (Bellota)の表示がつけられるのである。
その中でも特に高価なのがアンダルシア州ウエルバ県南西部ハブーゴ(Jabugo)村産のjamon jabugoとされる。 まあ言うならば大間産の本マグロの大トロとみたいなモノでパラドールにもなかなか置いていない。
もちろん、大都市の高級レストランではびっくりするような値段が付いている。

jamon serranoも勿論美味しいがjamon ibericoのとろけるような脂ののったものは本当に美味しい、jamon iberico とjamon jabugoの差は???食べてみてわかるだろう。

日本でもスペインからの生ハムの輸入が解禁になったが輸入されているものはほとんど
jamon serranoだ。
スペイン旅行の際にはスペインでしか味わえないjamon iberico、jamon jabugo を是非試してみては如何でしょう?
イベリコ・ハムの霜降りになった良質の脂は オレイン酸やビタミンB郡を多量に含んでいるのでドロドロ血液をサラサラ血液にする働きがあるそうです。

それにしてもスペインのレコンキスタは食通にとって重要な出来事であったと思う。
もし、スペインがイスラム世界に支配されていたのならワインは勿論、スペインの生ハムを食べることが出来なかっただろう。
なぜならイスラム教徒はアルコールは勿論ダメだし、不浄な物として豚を食べてはいけないからだ。

by“よっぴ”


2013年02月05日

第27回 メリダ

はろはろ今日は?!今日の"よっぴ"のパラドール紀行はローマの次にローマ時代の遺跡が残っていると言われるメリダです。

第27回メリダMérida
名称「Parador"Via de la Plata"」銀の道のパラドール

紀元前25年ローマ皇帝アウグストゥスによって建設された植民都市がメリダだ。
ローマ軍の退役戦士の慰安と休養の植民都市エメリタ・アウグスタとして建設されたものであり、それが現在のメリダの名前となっている。
サラマンカからセビージャ、リスボンからトレドという軍事上重要な街道の交差点にあたり、グアディアナ川が流れているという地の利から栄え、古代ローマ、世界11大都市の9番目に位置し、「小ローマ」と呼ばれていたほどの都市なのです。

紀元前のローマ時代に作られたグアディアナ川に架かるローマ橋Puent romanoは現在でも使われており、その他、神殿、古代ローマ劇場、円形劇場、大競技場、水道橋など多くの遺跡が残っています。
ローマ時代の文化財を展示する国立古代ローマ美術館は赤煉瓦造りの広大な現代建築ですが、古代ローマ時代の家と墓の発掘現場の上に建てられており、地下では発掘の様子が見られるようになっています。

パラドールの名称となっている「銀の道」(Ruta de la Plata)とはローマ時代、ローマ人がカンタブリア海とアンダルシアを結び、北のカンタブリ地方で算出された金・銀等を運ぶ街道のことですが、この街道沿いの町は銀のみならず、いろいろな人々(商人・軍人・鉱夫など)が行き交うことで、文化・経済の交流が行われ栄えていったのです。
その代表的な町としては、セビージャ、サフラ、メリダ、カセレス、サラマンカ、レオン、ヒホンなど中世の重要な文化財をもつ町や村がたくさんあります。
その中でもメリダはスペインの中で最も重要なローマ文化遺跡の残っている街であり、「メリダの考古遺産群」として世界遺産に登録されています。

パラドールはローマ時代の寺院跡に建てられたものを18世紀にサンティアゴ騎士団が修道院に改装し、その後病院、刑務所として使われていたものが1933年からパラドールとして開業されたものです。

元の修道院部分と増築部分とから成り、中庭は修道院のときのものであり、中にある柱は
ローマ時代のもの(ラテン語が刻まれている)アラブ時代のもの(アラビア文字が刻まれている)が持ち込まれており、メリダの長い歴史を垣間見るようです

サロンの鉄柵の奥には昔のままの礼拝堂がそのまま残されており、サロンの雰囲気を盛り上げています。

レストランも朝食用、昼夕食用とに別れており贅沢な使い方をしています。
そして、運動不足が心配な方のためにジム、そしてサウナも用意されています。

7,8月はMeridaのローマ劇場を使った演劇フェスティバルで混み合います、もちろん、出演者もここに宿泊するし予約は非常に難しいとのことです。
今までにも、王族始め有名な闘牛士達、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスetc著名人が大勢訪れています。

11-2月が基本的にはシーズンオフとなりますが、最近は冬でも宿泊客は結構多くなってきているとのことでした。


☆エストレマドゥーラ

ローマに次いでローマ遺跡の残っているとも言われるスペインの町メリダのツーリストオフィスを訪ねたときのことです。
色々な案内や宣伝のパンフレットが入っている棚の中にエストレマドゥーラというカタカナで書かれた10ページ程の小冊子があるのを見つけました。
最初の書き出しはこうです。
導入
「エストレマドゥラについて話すことは、よく保存された自然について、内陸部の湖について、森林の集まりについて、世界的な名声の文化表明について、比類ない祭について話すこと。つまり、整備された基幹施設のある観光ルートを決意させ、質のよい観光の可能性を満たすことができる、全ての魅力をもった総体について話すことです。・・・」

勿論、日本人向けの観光ガイドには間違いないのですが、スペインの日本語学科の学生にでも訳させたのであろうか、何だかよくわからない文章だ。
が、ほとんど日本人を見かけないこの地で日本語ガイドを用意していることに先ず驚いた。
とにかく、観光に力を入れているのです。
元々、エストレマドゥーラはマドリッド南西部ポルトガル側に接するバダホス県とカサレス県から成る地方で気象条件は非常に厳しく、特に目立った産業もあまりないので出稼ぎが多く過疎の町村の多い地方と言われています。
しかしこの地方には中世の雰囲気、文化財をそのまま残した町や村が多く、パラドールを使う旅にはこれ以上の所はないだろう、スペイン旅行の宝庫とも断言できる地方だと思います。
勿論、パラドール以外でも、スペインの人気の観光地なのですが、これまでは交通の便もあまりよいとは言えず、せっかくの素晴らしい観光資源も埋もれがちでした。
日本からのツァーも、スペインと言えばアンダルシア地方を回るコースが圧倒的に多いのですが、近い将来、このエストレ・マドゥーラは必ず日本人ツァーのハイライトとなるだろうことを確信させました。
混まないウチに急げ!!

by"よっぴ"