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2006年07月31日

第69回 プエブラ・デ・サナブリア/Puebla de Sanabria

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今回はガリシア地方とレオン地方、そしてポルトガルの国境にも近い山あいの美しい町プエブラ・デ・サナブリアのパラドールを紹介しましょう。

プエブラ・デ・サナブリアのパラドール Parador de Puebla de Sanabria

サモラから列車で1時間、高速道路も開通し非常に便利になったテラ川沿いのサナブリア地帯は緑も豊かでスイスの高原地帯を感じさせる変化に富んだ美しい自然に富んでいます。高速道路をそれて、SANABRIA村へ入るすぐ手前にパラドールは位置しています。1945年アルベルゲとして開業されたたのち増築されて、現在44部屋を有し、静けさと自然との調和が売りのリゾートタイプのパラドールです。

自然の美しさ以外には特にこれと言った特徴はないパラドールだが、夜、サロンの大きな窓から見るライトアップされた15世紀のお城の美しさは格別です。風光明媚な標高1028mのサナブリア湖から12kmというロケーションにあり、多くの自然愛好家がハイキング、鱒釣り、水上スポーツを楽しむために訪れています。夏には長期滞在の家族連れで一杯になり、春、秋にはハンターで賑わうパラドールです。高速道路の開通で、マドリッドからの時間もずっと短縮されたため、最近はマドリッドから訪れる人が多いといいます。

急勾配の上り坂が、丘の頂上のカテドラルと中世のベナベンテ伯爵の城まで続いています。この坂のメインストリートの両側は、白い壁に色とりどりの花、そして雲母石で作られた屋根に覆われたこの地方独特の家並みが続いて、多くの家では一族の紋章を入り口の上に飾ってあります。

頂上の城は15世紀に建てられたベナベンテ伯爵のもので今はさびれて廃墟となっていますが、出入りは自由にできます。このお城の前の見晴らし台からはサナブリアの街並みとテラ川の周辺の景色が一望に臨めます。


*雑文館(個人旅行のノウハウ編)*

個人旅行No4

機内では出来るだけ席を立って歩き回ることをお勧めします。これは最近話題になっている「エコノミー症候群」にかからないためです。この「エコノミー症候群」というのはビジネスクラスに乗ればならないというものではありません。長時間同じ体制を取っていると鬱血して、急に立ち上がるときに起こると言われています。これを防ぐのは時々立って軽い運動をしたり、歩くのが良いとされています。どうしてもエコノミーの窓側に坐ると通路に出にくくなります。その為にもボクは通路側の席をお勧めします。便によってはスゴク空席の目立つときがあります。モチロン席の移動をして一人で2つ3つの座席を取ることも出来ますが、一応全員が椅子に座って離陸してから移動しましょう。

さて、満腹で映画を見たりウトウトしているうちにヨーロッパに到着です。
機内から降りたら次に自分の乗る航空機の便名を確かめて出国便のディスプレーから探し出して記されたターミナル、ゲートに向かって進みます。何処の空港も分かりやすく矢印等で案内されてますので安心して下さい。このとき、日本の航空機に乗って来た場合は一度乗り換え航空会社のカゥンターに行って航空券を搭乗券に引き替える必要がありますが、これも案内に従って行けばヨイのです、普通自分の乗る搭乗ゲートの方角にカゥンターはあります。通常、ヨーロッパでは、この到着した国で入国審査があります。パスポートと乗り換えの搭乗券のチェック、場合によっては入国カードを書かせられるかもしれません。

そして、もしこの空港がロンドンでなければユーロに両替をしておきましょう。
用意のいい方は日本でユーロに両替を済ませて来ることも多いのですが、日本でなく、必ずこの到着空港(乗り換え空港)で両替をしましょう。(これはお金、両替のところでまた話します)乗り継ぎ便に乗ったら2,3時間でスペインの空港に到着です。自分の荷物をピックアップして出口(sarida)の方向に向かって進みます。このEU内の乗り継ぎ便は通常国内線扱いとなりますので入国審査もなく(ある場合もあります)矢印の方向に向かって進むとあっけなく空港ロビーに出てしまいます。

日本からの場合スペインに到着するのは大抵は夜間です。夏などそれでも外は明るいのですがホテルへの移動は必ずタクシー乗り場からタクシーでの移動をお願いします。これは安全の為で、現地に住む日本人ですら空港バス等は使わずにタクシーに乗ります。空港から大きなトランクをぶる下げてバスに乗るなどは、泥棒に「此処にカモがネギを背負っていますよ!」と言うようなものです。マドリッドの空港バスが到着するコロン広場はこのような泥棒が手ぐすね引いて待っています。(特に地下鉄への乗り換え通路が危ないと言われています)

空港から市内へはタクシーで20から25EU位、コロン広場までバスで来て、タクシーに乗り換えても幾らも節約にはならないでしょう。(特に二人の場合は)
それでは次はホテルの予約をしてみましょう。

2006年07月30日

第68回 グレドス/Gredos

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今回紹介するパラドール「グレドス」はグレイドス山中海抜1650mある元国王の山荘であり、1928年、全パラドールの第一号として開設されました。

グレドスのパラドール Parador de Gredos

1928年ベガ・クライン伯爵の提唱で、現国王の祖父にあたるAlfonso??ーアルフォンゾ13世が自分の所有の山荘を国民に一般公開したのがパラドールのシステムの始まりでした。

アルフォンソ13世が主席してテープカットをした開業当初の部屋数は8室、それが増改築を重ね、今や77室を持つ立派な山岳ホテルですが、松林の中に建つ石造りのシックな落ち着いた雰囲気は当時のままだと言います。古くはなっていますが中は床が全て板張りで歩くときにきしむところもまた味があり、モチロン最初のパラドールという風格も感じられます。

自然、そして狩猟好きのAlfonso??は最初のパラドールにこの地を選び開設し、そしてその後も何度も此処を訪れているのです。
後にはFranco将軍もやはり狩猟好きということで此処を訪れています。高地にあるため夏は涼しく(時には寒いくらい)避暑には最適、他の季節も都会から休息に来る人が多く週末は特に混み合います。
パラドールから歩いて数分のところに小さな教会があり頼めば結婚式もできるそうです。ここから19kmのプラタフォルマPlataformaという谷間まで行くと、大きな岩がごろごろし、剥き出しの花崗岩に覆われている雄大な風景が楽しめます。ここにクルマを止めて2h30のハイキングでLaguna Grandeという大きな湖まで行くことができます。 その際は小登山くらいのつもりの服装で行くのがベストでしょう。

またこの辺りはスペインアイベックス(野生のヤギ)Cabra Montesが多いことでも知られており運が良ければ見られるかもしれません。Plataformaに行く途中オヨソ・デル・リスピノHoyos del Lispinoという村にもこのCabra Montes の像が道標として置かれています。
このパラドールでは1978年フランコ時代の後、初めての憲法が調印されたところでもあり、そのサロンは今でも残っており、見ることも、そして他のサロン同様にそこで歴史を感じながら、くつろぐこともできるのです。 レセプションの左にある大きな肖像画はアルフォンゾ13世で、その横にopeningに際してアルフォンゾ13世が訪れたことが大きく書かれています。

*雑文館(個人旅行のノウハウ編)*

個人旅行No3

旅行会社に料金を支払ったといってスグにその場で航空券を貰えるわけではありません。通常数日後に送られてくるか、旅行会社に取りに行くか、或いは出発時に空港で受け取ることになります。この場合には本当に航空券が貰えるのだろうか?と不安になりますが、先ず受け取れなかったという例は聞いたことがないので大丈夫でしょう。航空券が、この空港渡しの場合、最初の搭乗分だけ既に搭乗券に引き替えられている場合があります。この場合は自分で座席を指定することはできません。それ以外の場合は自分で搭乗手続きをするわけですから座席のリクエストをする事が出来ます。航空券を事前に受け取って居る場合はT-CAT、Y-CATといった箱崎や横浜のエァターミナルでも搭乗手続きをすることができます。
搭乗手続きは通常2時間前から始まります。普通、この時刻は自分の搭乗するエァラインの航空機が飛行場に到着する時間です。つまりヨーロッパから飛んできた飛行機が機内清掃、点検整備、給油などを行うのに2時間取ってあり、その間に搭乗手続きをするのです。ですから自分の乗るエァラインの到着が遅れると自分の乗る飛行機の出発も遅れる可能性が大きいのです。
20分や30分の遅れなら調整してヨーロッパの空港に到着が遅れることはありませんが2時間も3時間も遅れて到着となると出発も遅れ、ヨーロッパ内でのトランジットに間に合わない可能性が高くなります。このように最初から遅延が確定的の場合には各航空会社も乗り継ぎ便を変えるなどの対処をしますが、旅行会社や宿泊先のホテルに連絡をする必要があります。

さて座席を決めて荷物を預け、搭乗券を貰えば出国のカゥンターに行ってスタンプを押して貰えばもう日本から出国です。荷物を預けるとその控えが航空券の後ろに貼り付けられますが、これはクレームタグと言って万一、自分の荷物が出てこない場合などに調べてもらったり、損害賠償を請求するときなどに必要となります。なおトランクに以前に取り付けられた行き先のタグは必ずはずしておきましょう。間違いの元になります。
座席は早い者勝ちです。好きな座席に座りたい場合は早めに手続きをすることが大事です。今はすべて禁煙席になってしまったのであまり座席の選択の必要はないかもしれませんが、ボクの場合は必ず通路側の席をリクエストします。これはトイレに立つときなど気を使わなくて済むのと、窓側は以外と寒いからです。あまりトイレには立たない、景色を楽しみたいという人は窓側をどうぞ。

機内預けの荷物はエコノミーは20kgです。本来は手荷物と合わせて20kgなのですが、普通手荷物は秤には載せません。しかしあまり重そうだったり大きかったりすると機内に預けるように言われ、そうすると超過料金を取られる恐れがあります。
ツァーの場合も最近は一人一人で荷物を預けるようですので注意してください。
ルールでは1kgの超過に対して正規エコノミークラス片道料金の1.5%、となっています。つまりい1kgで5454円、10kgオーバーなら5.4万円にもなってしまいます。まあ実際には多少のオーバーは目をつむるし、それほどの超過料金を取られたという話も聞きませんが、それでも3万円程度の超過料金を取られたという話は時々聞きます。読まない本や使えない電気製品などに注意しましょう。

出国手続きが終わるとスグに免税店があります。ヨーロッパに持ち込めるタバコは一人200本(10箱)、もし自分が吸わないけどお土産に日本のタバコを買いたい場合はヨーロッパでは売っていませんので先に買ってしまいましょう。(軽いですから)

機内では食事が2回+軽食位出ます。機内の映画は画面は小さいですが最新のロードショー前の映画などを上映する場合も多いのでアトで得した気分になれるかもしれません。

2006年07月29日

第67回 オロペサ/Oropesa

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今日紹介するパラドールはスペインの首都マドリッドからポルトガルの首都リスボンへ向って約150kmの街道沿いにある町オロペサの豪壮堅固な古城のパラドールです。

Parador"Virrey Toledo" トレド副王のパラドール

伝説によると、このオロペサの城は最初ギリシア神話に出てくる英雄ヘラクレスが築いたとなっています。その廃城のあとに1366年、この城が建てられ、オロペサOropesa伯爵家の住まいとして18世紀まで使われていたものです。また現在パラドールとして使われているのは15世紀から16世紀にかけて建て増しされた部分です。階段には記念プレートがはめ込まれていて、オロペサの伯爵のひとり、フランシスコ・デ・トレドが1569年から1581年までペルーの総督であったことが記されています。城郭の上に登ると遠くにグレイドスGredosなどの山脈、眼下にはこの小さなOropesaの町が見下ろせます。

現在パラドールの部屋となっている部分ではパラドールになる前の一時期、この一部が学校の教師の住居として使われたこともあるそうです。

このような歴史的建物をパラドールにしたのはこのOropesaの古城が初めてで、1930年にOPENして、サマセット・モームがポルトガルからの旅行の途中此処に立ち寄った際に「此処で食事をするだけのつもりだったが、あまりにも居心地が良く素敵な建物なのでしばらく此処に滞在することにした」と記しているのです。現国王の亡父Don Juanはフランコの時代ポルトガル亡命中にしばしば此処に立ち寄ったそうです。また1945年にはそのフランコもこちらで会食を催しています現在も夏の間には、このパラドールの庭で演劇なども上演されるのです。


この中世の雰囲気いっぱいの、堅固な古城のパラドールはマドリッドからもバス、列車とも約2時間と近く、とても人気の高いパラドールの一つです。
オロペサの町の東約30kmには15世紀以来貴族の館や教会の礼拝堂を飾っていた陶製タイルで有名な村タラベラ・デ・ラ・レイナがあります。現在も陶器の産地として主に多くの壺を生産しています。また、西に2kmにはラガルテラの村があり、テーブルクロスや壁掛け、民族衣装などの手刺繍で有名です。夏には戸口に出て刺繍の実演をしているのを見ることができますし、モチロン買うこともできます。



*雑文館(個人旅行のノウハウ編)*

個人旅行No2
☆ (航空機2)前回の続き

では飛行機の遅れとはどれくらいあるものなのでしょうか?

これはホントに分からないですね。いえ例え平均○○%と言われても自分の乗った航空機が遅れれば仕方ないし…。通常トランジットに2時間位取ってあるのが普通ですから、大体1時間位の遅れなら先ず問題はないのです。それに直行便なら2時間遅れでも空港に着く時刻が遅くなるだけですからホテルに入るのが遅れるだけです。あいにくスペイン行は必ず何処かの空港で乗り換えなくてはならないので大幅な遅れは乗り継ぎ便に乗れないことになってしまいます。或いは乗り継ぎ便そのものが欠航したり大幅に遅れるということもないわけではありません。その上、ヨーロッパ便はヨーロッパ内に到着するのが夕方ですから、乗り継ぎ便が遅れると到着空港で1泊して翌日スペインに向かうということに成りかねません。
正規航空券の場合は他社便に振り替えてくれたり、或いは翌日も一番早い便に乗せてくれることでしょう。モチロン格安航空券組は最後の最後の搭乗です。これはツァー客も同じです。このことの例としては、ニューヨークの同時多発テロ事件で格安航空券の客やツァー客がナカナカ帰国できなかったことが思い出されます。
ただ、このような特殊な例は別にしても、飛行機の遅延は航空会社の損失でもあるので、それほど多いワケではないし、正規航空券を持っていて優先されても遅れる時間の違いだけです。万一このような事態になった時のためにチケットの販売した旅行代理店は緊急連絡先の電話番号を教えてくれているはずですし、自分の泊まるホテルにも連絡の電話をしましょう。このような場合、航空会社で(トランジットの都市での=パリやアムステルダム)ホテルと食事は用意してくれますし、翌日の便が遅ければ市内観光のバスを出してくれたりのサービスもあります。
あまり考えたくない事態ではありますが、このようなときに一番困ることは次の日からビッシリとスケジュールが入っていて、予定していた行程に追いつかないということです。ですから本当は最初に到着した街(例えばマドリッド)に1泊して翌朝スグにコルドバやグラナダに向かうというようなスケジュールは組まないで、翌日はマドリッド市内観光をしてもう1泊マドリッドに泊まるというようなスケジュールを組めば、万一到着が一日遅れても慌てずにすみます。要はあんまりビッシリとスケジュールを組まないで少し時間にゆとりを持った旅行を心がければヨイのです。ビッシリしたスケジュールはツァーに任せましょう。

さて、このトランジットというのは結構緊張する人も多いようです。見知らぬ空港に到着したあと自分の乗る飛行機の便を確かめて搭乗ゲートまで移動しなければなりませんし、もうそこは外国ですから当然日本語の表示はありません。普通到着したターミナルで入国審査を受け、自分の乗る航空機が出発するターミナルへの移動もあります。これもアムステルダムのスキポール空港のように繋がっていればヨイのですがフランクフルト空港のようにモノレールのような乗り物、ロンドン・ヒースローのようにバスで移動する場合も多いわけです。出来れば事前に乗り換え空港の地図を手に入れておくといいでしょう。その上、日系の航空会社を利用した場合には乗り継ぎの飛行機の搭乗手続きをしなければなりません。つまり乗り継ぎの航空会社のカウンターに行って航空券とパスポートを見せて搭乗券を貰うという日本での手続きと同じことをするわけです。このとき乗り換え時間が短かったりすると、とてもアセルことになります。
ボクもフランクフルトでトランジットの時間が35分しかなくて空港の中を走ったことがあります。このように最初からトランジットの時間が短い場合、ときには人間は間に合っても荷物の積み替えが間に合わないという場合も出てくるようです。このようなときには日本で荷物を預けるときに「トランジットの時間が短くて荷物の積み替えが遅れるかもしれない」と言えば、荷物室から最初に積み替えができるように注意書きをしたシールを貼ってくれます。このシールを貼ってもらうと荷物の出し入れ口に置いて最初にカーゴに乗せて移動してくれます。ヨーロッパ系の航空会社は、通常、乗り継ぎ便の搭乗券も同時に発券してしまいますので出発の搭乗ゲートに時間までに移動するだけで済みます。

どの航空会社を選ぶかは料金やマイレージサービス、好みなどの要素があるので一概にどの航空会社がお勧めとかは言えませんが一般に日系の航空会社は少し高めです。ただ、地方の方で成田や関西空港に移動する必要がある方は日本での移動航空券が格安或いは無料で貰えることもあるようです。他にもアジア系の航空会社もありますが、時間や本数を考えると時間に余裕のある学生さん向きかもしれません。ボクがパリで出会った学生さんは、パキスタン航空で20時間かかって到着した、それも成田で出発したのが便が欠航して3日遅れだったそうです。(大笑)
さて、これで何となく航空券を購入する方法はわかったと思います。

2006年07月28日

第66回 カソルラ/Cazorla

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今回は21万平米を超えるカソルラ山脈=セグラ山脈=ラス・ビリャス山脈自然公園の豊かな自然に囲まれたカソルラのパラドールです。

Parador"El Adelantado"前進のパラドール

ハエンから約100km、Cazorla山脈に張り付くような同名の町に入る。この町(村)は城の塔が聳え、古い家屋に囲まれた二つの小さな広場。断崖にへばりついた急峻な道と階段があり独特の景観を作り出しています。この村から険しい山道を24km入った標高1400mの断崖絶壁に1965年パラドールが作られました。

アンダルシアを流れる大河、グアダルキビル河の源流となるこの地は多くの水源に恵まれ、深い森林には鹿、山羊、猪、ワシなどたくさんの動物が住み、登山やハイキングも盛んな地域です。パラドールから5kmほど下ったところに源流の一つエレリナスの泉があり、イサベル女王がアルハンブラに攻め入るときにこの泉を渡り、そこからパラドールの名称「前進El Adelantado」が付けられました。
この自然を守るために21万haにも及ぶ広大な自然公園の中に唯一軒だけ建築を許された建物がこの瀟洒な山小屋風のリゾート型パラドールなのです。

宿泊する客は圧倒的にスペイン人が多く全体の80%を占め、日本人は全体の2%以下、他は狩猟愛好者の仏、英、独人が多いそうです。ヨーロッパ人はクルマで行く人がほとんどですが、日本人のようにパラドールに行く手段の無い人のためには、その場合には町まで迎えに行くことも出来るので日本から行く人は問い合わせて欲しいとのことでした。高地の為、4月から利用が増加し、6?9月がピークでまた下降線をたどり12?1月の冬季には閉館期間があります。このパラドールに住むディレクターの家族も冬場には実家に戻るそうです。

町から離れたところにあるためにパラドールでは4X4を使った5種類のExcersionを用意していて10:00,16:00の2度各4時間をかけて動物を見るコースを2種、景色を楽しむコースを2種、そしてそのMIXのコースを1つと滞在客の希望で行います。またレンタカーも近くにあり、日本のSuzuki Vitraが用意されています。プールのある大きな庭には食材の残りを入れておく場所があり夕方5?6時頃、鹿などの動物がこの餌を食べに来るのを観ることができます。また野生のヤギを崖の上などに見ることもあります。


*雑文館(個人旅行のノウハウ編)*

この雑文館のコーナーではスペイン旅行で気づいたこと、素敵な田舎町などスペイン旅行をなさる方に何か参考になればと思って書いてきましたが、個人旅行そのものが初めてで、掲示板の質問にもホテルや航空券、バスの乗り方と言った基本的な質問が多くなってきましたのでこれからしばらくは個人旅行のノウハウみたいなものについて少し話してみたいと思います。
ここでの個人旅行というのは独りぼっちの旅と言うわけではなく、パッケージ旅行では物足りない、特別に行きたい美術館がある、パラドールのような特別なホテルに泊まりたいというようなひと味違った旅行をしたいという個人を含めた小グループの方へ少しでもお役に立てればと思っています。ですから、特別贅沢な旅行をするということではありませんし、かといってバックパッカーの方の為にいかに旅行を安く上げるかということでもありません。モチロン、このイベロ・ジャパンのホームページをお借りして書くのですから、パラドールも含めたスペイン旅行を想定して書きますが、他の地域にも共通する部分もあると思いますので参考にして頂きたいと思います。

個人旅行No1
☆ 航空機について

個人旅行で最初に考えなくてはならないのは行き先を決めて航空券を購入することから始まりますがチケットは何処でどのように購入するのでしょう。ヨーロッパへの普通航空運賃は586,800円します、これはビジネスクラスでなくエコノミーです。ビジネスクラスでは705,500円、ファーストクラスでは何と1,285,800円もするのです。ここで「ひぇ?それじゃあ個人旅行なんてとても無理だ!」なンて言わないで下さい。これはあくまでノーマルな航空運賃で実際にこの料金で飛行機に乗る人はお金持ちか高級ビジネスマンか税金で乗れる議員や公務員の人たちだけでしょう。

通常私たちが旅行で使うチケットはいわゆる格安航空券というものでシーズンや航空会社によってばらつきはありますがヨーロッパ往復で10万円?25万円位でしょう。安いのは冬場など旅行客が少ないとき、高いのは正月やゴールデンウィーク、夏休みと言った旅行客が多いときです。この格安航空券というのはいわゆる団体割引の航空券をバラ売りしたもので、各航空会社も黙認するというよりもこの航空券を売らないことには経営が成り立たないようになっています。ではここで少し正規航空券と格安航空券との違いを考えてみましょう。

私たちが格安チケットで乗る場合は、大抵はエコノミークラスのシートです。ですから正規航空券=ビジネスクラスと思われる方も多いと思いますが、正規チケットにもエコノミーとビジネスの違いはあるのです。正規航空券のメリットとすれば、第一に「いつでも、どの航空会社でも乗れる!」ということがあげられます。格安チケットの場合ですと行き帰りの日にち&航空会社が決められてしまうのが普通です(帰りはオープンの場合もあります)が正規チケットの場合は飛行場に行って、座席さえあればどの航空会社のどの便に乗ってもヨイのです。それに行き先がマドリッドであってもローマ、チューリッヒ、パリ、ロンドンと途中降機も出来ます(戻れないなどの一定のルールはありますが)通用期間も格安チケットが35日間に対し1年間有効です。
また、航空会社にとっても大事なお客様ですから万一、乗る予定の便が欠航になってもスグに他社便を振り替えたり、次の便の座席の確保に努めます。そのために格安チケットの客がオーバーブッキングと言われて乗れないこともあります。航空会社によっては自宅まで迎えに来てくれたり、到着空港まで迎えに来てホテルを一泊提供してくれるなどのサービスもあります。正規のエコノミーチケットの場合でも(60万円近くも出すのですから)アップグレイドしてビジネスクラスの座席に案内してくれることも多いようです。モチロン機内では広いシートに高級な食事ですね。ただ、50万円もの差額を払ってビジネスクラスに乗るかはその人の価値観の違いですから非難することではモチロンありませんが…。
最近はこの格差を解消すべく??航空各社も(プラス10?15万円位で)格安のビジネスシートを提供するようになってきています。これは座席だけ(或いは食事も)ビジネスであとの制約(航空会社が決められている、出発日の変更やルートの変更が出来ないなど)はあるというものです。その他にPEXという正規航空券ではありますが色々な制約がある航空券が最近多くなりました。これは少しでも航空券を高く売りたいという航空会社が自社で売れるように個人向けに売り出しているものです。料金は格安航空券よりは少し高いようです。

格安航空券のデメリットは当然正規航空券メリットの逆です。では、これは本当にデメリットと言えるでしょうか?
普通私たちが旅行をするときには出発の日にちや行き先は決まっているものですし1年もの長い間旅行するということも先ずないでしょう(笑)。空港の送迎やホテルのサービスも運賃の差額を考えれば同じ事を旅行代理店に頼んでも安いモノです。一番の差は座席でしょうがこれは前述の格安ビジネスシートもあります。

オーバーブッキングではじかれてしまう恐れも早めにチェックインを済ませてしまえば降ろされる心配はありません。アトから来た正規料金の客のために席を譲ってくだされば「ホテル代+300$+明日の便を確保する」とか言われることはありますが…(笑)。これで格安航空券(名前がイケナイ)を利用することに不安を抱いていた人にも少しは安心して頂けたでしょうか?、つまりホトンドの乗客は格安料金のお客様なのです。

さて次はこの航空券の購入と利用の仕方ですが、「そんなのはHISに行って出発日と行き先を言えばいいンだろ?」って確かにそうなんですが…。

航空券の購入は通常は出発の4日前までに購入する必要があります。3日前になると一度航空会社に戻してしまうので購入しにくくなります。もちろん出発日が決まればなるべく早く購入したほうがヨイと思います。ツァー客が多い場合など満席でチケットそのものが手に入らない場合も多いですね。ただ、あまり空席が多いと見込まれる場合は直前に値下がりする場合もありますが。
(時間の制約の少ない学生さんたちはこのようなチケットを狙うこともできますが…)

さて行き先がスペインに決まったとします。ではどこのエアラインを選べばヨイのでしょうか?スペインには日本から直行便が飛んでいないので一度ヨーロッパの何処かの国の空港を経由して入国しなければなりません。これはJALやANAなど日本の航空会社もKLMや英国航空エア・フランスなどのヨーロッパの航空会社も同じことです。ただ、JALやANAはロンドン、パリ、フランクフルトなどの乗り換え(トランジットと言います)空港からは他の提携している航空会社を利用します。したがってヨーロッパの航空会社を使った場合は乗り換え分の搭乗券も日本で一緒に発券して貰えますがJAL、ANAの場合は乗り換え空港でもう一度、提携他社便の搭乗券を発券してもらう必要があります。(パスポートチェックは通常どちらもあります)

次はスペインに入国するときの空港です。マドリッドとバロセロナを利用する旅行客が圧倒的に多いのですが他にもセビージャやマラガ、ビルバオといった国際空港ならほとんど利用できます。ただ、この場合時間的に都合の良い繋ぎの便があるかどうかは航空会社によって違ってきますので旅行代理店や航空会社に調べてもらいましょう。モチロン、入国と出国の空港を違えることもできます。

もし貴方が少し長めの休暇が使えて、フランスやイタリアも回りたい(或いは短い休暇でも、どうしてもパリに寄りたい、ローマで観光をしたい)という希望があればその希望する国のナショナルフラッグ(エア・フランスやアリタリア・イタリア航空)を使えば可能です。通常これらヨーロッパ内の移動でも片道で5万円程かかってしまうのですが、これらのナショナルフラッグを使えば両方の国が観光出来てしまうのです。
つまり「エア・フランスを使って自分はスペイン旅行をする。入国の空港はマラガ、鉄道、レンタカーなどを使って出国はバロセロナからだが、帰りにちょっとパリに立ち寄る」という(ストップオーバーと言います)ふうにします。本来、日本からヨーロッパへはどの国でも同じ料金なのです。ですから日本―パリも日本―パリ―マラガでも同じ料金なのでパリーマラガ間のチケットは無料ということになります。ですから逆にフランス国内を旅行した人が観光の途中(或いは帰り際でも)マドリッドに飛びトレドのパラドールに泊まるだけで帰るということも出来るのです。ただ最近は旅行会社?もセコクなってきてこの本来無料であるストップオーバーに対して手数料と称してお金を取るようになってきたようです。でも大抵は1万円程度のようですからこの制度を利用しない手はありません。スペイン旅行の帰りにパリ観光やローマで買い物(この場合はアリタリア航空ですね)も出来るのですから…。

さて万一飛行機が遅れて乗り継ぎ便に間に合わなかったときはどうしましょう?
これは次回に…

2006年07月27日

第65回 マンサーレス/Manzanares

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今日は前回のアルマグロの近くにあって、マドリッドからアンダルシアに向かう国道4号線の丁度中間地点に位置するラ・マンチャの大平原の中のオアシスのような存在のパラドールを紹介しましょう。

Parador de Manzanares マンサナーレスのパラドール

このパラドールは昔マドリッドとアンダルシアの町を行き来する商人などの旅人達が利用していた国営の宿「アルベルゲ」が改装されてパラドールとなったものです。ですから、大平原を通る国道から柳並木を入って行った、林の奥にあるパラドールの建物自体は特に特徴のあるものではありませんが、エントランスの植え込みやこの地方特有の白壁に赤茶の瓦の組み合わせが上品でパラドールらしい落ち着きを見せていると言えるでしょう。玄関前のターミナルには昔からの農機具や荷車が飾られていて、いかにも農業の盛んなラ・マンチャ地方のパラドールだと思わせます。

内部のインテリアも落ち着きのあるシックな自然素材を使って落ち着きとゆとりが感じられる空間を演出しています。レストランも煉瓦タイルの床に白い壁で広々としています。

国道から近いこともあり、一般客がドライブ・イン代わりにランチに立ち寄ることが多いので一般のメニューの他に均一料金で自由に好きなものが食べられるバイキングメニューを用意していて、食事に立ち寄るほとんどの客はこのバイキングのコースを選択するそうです。料理の種類も非常に多く、デザートまで揃ったバイキングメニューは非常に人気が高く、わざわざ此処の料理を食べに来る人も多いのです。部屋数もアルベルゲにすると多い方で、豪華ではないけれど、ゆったりとした部屋の作り、落ち着いたサロンは何もしないで観光疲れの身体を休ませるのに絶好のパラドールかも知れません。

また、近くに野生の鹿や猪などの動物や鳥の宝庫となっているダイミエル国立公園があります。普段はバードウォッチングなどの自然を楽しむ観光客が時折訪ねる静かな公園ですが、狩猟の解禁時期には狩猟許可の料金を払って野鳥、うさぎ、鹿、猪などの猟をするために、スペインのみならず、狩猟の盛んな英仏はじめヨーロッパ各地から多くのハンターが集まってきて、この静かなパラドールもとても賑やかになります。そう言えば、サロンには幾つもの鹿の角が飾られていました。


*雑文館*

☆ サッカー(フットボール)

スペインで人気の高いスポーツと言えばテニス、ゴルフ、狩猟、スキーなど沢山ありますが中でも一番人気があり、世界でも最強を誇るスポーツと言えばサッカーでしょう。スペインのサッカーリーグは1部に18チーム、2部は3つのグループに各20チームで合計60チーム、3部は14グループで約280チームもあり非常に底辺の広いスポーツでもあります。シーズンは9月から翌年の5月までで毎、日曜日にホームとアウェイで各1試合、基本は合計34試合の勝ち点で決まりますが、ホームでの敗戦と引き分け、或いは失点はマイナス点となり、順位にも影響するのでホームでの応援は凄まじいものがあります。

今年のリーグ優勝は31年ぶりにバレンシアがレアル・マドリッド、バルサ(バロセロナ)、デポルティボ(ア・コルーニャ)を抑えて勝ち取りましたが、この4チームが飛び抜けて強く、ワールドカップのメンバーもほとんどこの4チームから出場しています。特に今年、リーグ優勝はのがしたもののヨーロッパチャンピョンに輝いたレアル・マドリッドはフランスのジダン、ポルトガルのフィゴを始め各国の優秀選手を集めたスター軍団と言えます。

このレアルに真っ向対立するのがバルサ、一昨年のレアル対バルサの試合は、フィゴが最高の移籍金(70億と言われている)でバルサからレアルに引き抜かれたという因縁の試合でもあり、バルサ地元の10万人収容のノウ・カンプ・スタジアムではフィゴに対する「守銭奴」とか「裏切り者」といった罵声が飛び交い、偽の札びらが観客席に舞い、(瓶や缶が飛んでくるので)フィゴは最後までコーナーのピッチに立つことが出来ませんでした。

2006年07月26日

第64回 アルマグロ/Almagro

マドリッドから出発して、アンダルシアのグラナダ、或いはコルドバに向かう観光客は大勢居ますが、その丁度中間地点ラ・マンチャの大平原の中心にチョット立ち寄ってみたい町があります。そこには重厚な修道院を改装したとっても素晴らしいパラドールがあります。それが今日紹介するアルマグロのパラドールです。

Parador de Almagro  パラドール デ アルマグロ

アルマグロはスペインでも一二を争う美しいマヨール広場を持つと言われています。
整然とした長方形の広場を囲んで両側に、一階部分は石柱が並んだアーケードを作り、2,3階は緑と白に塗り分けられた木枠の窓が並ぶ三層の建物が向かい合っています。たくさんのレストランやバルが並び、夜になると何処からともなく大勢の町民が 集まって来て深夜まで賑わいます。このマヨール広場から歩いて数分、16世紀聖フランシスコ修道院を改装したのがこのパラドールです。

古僧院をそのまま使った部分に僧院の畑だった所を使って増築した部分を合わせると約20000平米その中に55の客室と14のパティオがあるいう贅沢な作りなのです。部屋の扉は厚い木製だし、家具もアンティークな趣をもったものを使用しています。昔の酒造庫を改造した "Bodega"(酒造)と呼ばれるBarには大きなワイン用の瓶がデコレーションとして使われています。

部屋の腰壁にはタイルが張られ、とてもエレガントな雰囲気を醸し出しています。玄関に近い一つのサロンではAlmagroの民芸品レース編みを地元のおばさんが実演販売していました。日本にも紹介されたそうで自分の載っているNHKスペイン語講座のテキストを得意げに見せてくれるでしょう。

アルマグロは13世紀から15世紀末までレコンキスタのために戦ったカラトゥラバ騎士団の本拠地となり、また1574年から1828年までは大学も置かれていました。このような歴史もある町で修道院も多く建てられ、町中も立派な紋章で飾られたファサードの邸宅が立ち並んでいます。
マヨール広場近くの小さな公園には、この地出身のディエゴ・デ・アルマグロの騎士像が建っています。コンキスタ・ドールとしてピサロと共にインカ帝国を滅ぼし、チリ総督になりましたがピサロに殺されてしまいます。

マヨール広場を囲む建物の中間部分に芝居小屋(Corral de Comedias)があります。この劇場は16世紀の建物で紅く塗られた木の柱廊にオイルランプの灯り、舞台とすべて紅と白とが調和した美しい青空天井の劇場です。現在も立派に使用されていて、毎年8月には現代演劇フェスティバル、9月には国際古典劇フェスティバルが開かれ、世界各国から演劇ファンがやってきます。
通常なら夏のアンダルシアは暑いので比較的空いているのですが、この時期には当然ながらパラドールは予約で溢れ、半年以上前の予約が必要だと言います。


*雑文館*

☆ piso(ピソ)マンション

ピソとは建物の階のことを指しますがマンションもピソと言います。地方では一戸建ての家も多いのですが都会ではやはり住まいはマンションが主流です。
日本では築何年とかが売買時の値段を決めるのに大きな要素となりますがスペインではあまり関係がナイようです。もっとも百年二百年前の建物を使って住んでいるのですから、そこでの十年や二十年など取るに足らないことなのでしょう。しかし外観は百年以上前の建物でも中に入ると驚くほど立派で設備も充実していることが多いのです。このことはパラドールにも通じることなのですね。
都会の大きなピソだと玄関を開けるとロビーがあって、そこには管理人が居たりします。そしてエレベーターに乗り自分の部屋に行くわけですが、日本のマンションよりもホテルと言った感じです。

最近は日本でもオートロックとか外部の人間がやたら出入り出来ないようなシステムになっていますが、さすが?スペインでは防犯には注意していて自分の家に入るのに最低で二つの鍵が必要です。つまり建物に入る時と自分の部屋に入るときです。これに大抵の家では玄関の鍵は二つ付いていますし、エレベーターも鍵が必要だったり、郊外のマンションだと敷地に入るための鍵、駐車場の鍵、それにプールの鍵、クルマの鍵と鍵だらけです。それも割と大きく無骨なモノが多いですからまるで守衛が持つような大きな鍵束のようなキーホルダーを持っています。(ちと大げさか)
来客がある場合は勿論建物の外に設置されたインターホンで呼び出して開けて貰わなければなりません。広さはやはり都会は狭く、郊外に行くと広くなりますが、町中でも普通の家で約100から120平米くらいあり、日本よりもだいぶ広いようです。それにその広さ以上に天井も高いのでゆったりとしています。値段は日本の半分以下です。郊外には日本でも最近多いタウンハウスタイプの住宅がありますが、それも敷地、広さとも日本とは大分違うようです。

スペイン人の弁護士と結婚されてスペイン北西部ア・コルーニャに住むIさんのお宅にお邪魔する機会がありました。ア・コルーニャは大都会ですがその町の中心地からクルマで15分程、まるで別荘地のような静かな松林の中にIさんの家はあり、最近購入したというその家は約3500万円、隣の家とは背中合わせのタウンハウスタイプの住宅ですが、それでも敷地は1軒あたり300平米、住居も地下を含めて300平米近い大邸宅でした。
このように恵まれた住環境のスペインですが、都会に出てきて働いている若者の多くは生活が苦しくて、(特に入社1年目は試用期間として給料も特に安いのです)狭いピソを数人共同で借りて暮らしていることも多いそうです。

2006年07月25日

第63回 チンチョン/Chinchon

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今日は首都マドリッドから一番近いパラドール、その名前の響きのようにとても可愛らしい元女子修道院のパラドールです。

Parador de Chinchon パラドール・デ・チンチョン

パラドールは元々宮殿や貴族の館、修道院を改造してホテルにしたり、風光明媚な土地に作られたりしているため、首都マドリッドやバロセロナと言った大都市には無いのですが、ここチンチョンのパラドールはマドリッドからわずか50km足らず、タクシーでも小一時間、30ユーロ程の距離にあって、大半の日本人観光客がスペイン旅行の基点、終点としてマドリッドを選ぶことを考えれば、旅行の日程を1日延ばして此処チンチョンのパラドールに一泊してみては如何でしょうか?。きっとスペインの最後を飾る思い出深い旅行となることは確実と思いますが…。
パラドール・デ・チンチョンは15世紀にモヤ侯爵の館として建築され17世紀にアグスティヌス派の修道院として改装されたものを1975年からパラドールとして使用されることになったものです。

建築様式はカスティーリャ風で修道院に使用されていたために外界との隔絶を謀り外側の窓はきわめて小さく、反面パティオに面した内側の窓は明るく大きくとってあります。このパティオを取り囲む回廊はゲストの為の憩いのサロンとして使用されています。

客室はすっきりとして明るく清潔でゆっくりと落ち着ける雰囲気が漂っています。この明るく落ち着いた雰囲気はこのチンチョンのパラドールの全ての場所に共通に感じられるのです。サロンから眺める小さな噴水のあるパティオ、ゆったりと歩いてみたい緑の美しい庭、やわらかな日差しに包まれた明るい食堂、お洒落なタイルがかわいいバルでの午後の一杯のビールは如何でしょうか?きっと此処を訪れる貴方は旅行中に見たものとは又違ったスペインを発見するに違いないでしょう。

チンチョンの村はマヨール広場が全てだと言っていいかもしれません。それくらいチンチョンのマヨール広場は趣があります。
村の中央の一番低い部分に球技場のようなマヨール広場があり、ぐるりと周りを3層の、バルコニーが付いた木造の家屋が取り囲み、かたわらにはラ・アスンシオンの教会がそびえています。この木造の長屋家屋に、スペインの町で一番重要なバルが数軒、ホテルにパン屋、酒屋、食料品屋、村役場に警察署、それに教会と生活に必要なすべてが凝縮されているのです。そして夏の祭の日ともなると出入り口は塞がれ広場は闘牛場と化すのです。

チンチョナというのはキンキナという木の学名ですが、このキンキナの樹皮からはマラリアの特効薬キニーネが抽出されるのです。ペルー副王夫人であったチンチョン伯爵夫人はペルーでマラリアにかかりますがインディオから貰った薬で回復し、この薬がヨーロッパにもたらされることになるのです。このことからスウェーデンの学者リンネはキンキナにチンチョナの学名を与えたということです。その他、チンチョンの名物と言えばアニスリキュールですが、この独特の香りをもつお酒の醸造所は丘の上の古城にあるのだそうです。

*雑文館*

☆ 電話

日本からスペインに電話をかける場合は先ず国際電話会社の番号を回す。以前はKDD一本で001だったが最近は海外への接続の会社も増えてきたので時間帯や地域、かける時間などを考えて有利な接続会社を選択することが出来るし料金も随分と安くなりました 。その接続会社の番号のアトにスペインの国の識別番号34を回し、次に市外局番、局番、番号と回します。これがスペイン国内であればモチロン市外局番+局番+番号で済むのだが、ここで注意が必要なのは同一地域(市内)内であっても市外局番からかけなくてはならないことです。つまりマドリッドのホテルから市内のレストランに予約を入れるとしたらホテルの外線のアトにマドリッドの市外局番の91+局番+番号となります。
スペインから日本にかける場合には先ず国際電話識別00を回し日本の識別番号81のアトに市外局番、局番、番号の順に回せばヨイが市外局番の0は取る。(東京なら03でなく3だけだ)ホテルからだと外線番号を回すのはモチロンです。パソコンでインターネットに繋ぎたい場合でもモジュラーが日本と同じなので特に問題はナイでしょう。ただし、かなり近代的なホテルでもトーン回線でなくパルス回線の場合があるので間違えないように。
プロバイダーは大手なら何処でも国際ローミングサービスを行っているので大丈夫だろう。ボクはAOLを使っているがアクセスポイントが多く、メールがほとんどで日本でスペイン各地の接続番号を入れてしまえば直ぐに繋がるのが便利だからだ。それにアメリカの場合には電話代以外の料金はかからない。メールの相手が同じAOLなら読んだかどうかもわかるので家族との連絡にも便利だろう。
スペインにも勿論インターネットカフェがありメールすることも出来るが当然日本語のソフトは入っていないのでローマ字か英語のメールになる。
スペインでもここ数年携帯電話の普及は凄まじい。ただし日本の携帯のようにスマートなものは少なく、ノキア製がホトンドだが、がっしりと重い一世代前のような携帯電話で所構わず着信音が鳴り出し、受けた方はレストランであろうが電車の中であろうが大声で話し出す。着信音も一応メロディーにはなっているのだが単音でやたら音が大きくてびっくりする。着メロや待ち受け画面にキャラクターの画像はまだまだのようだが、メールは若い人たちの間には結構流行って来ているという。料金は日本と同じように月極とプリペイド方式があるので旅行者はプリペイド携帯を買えばいい。
面白いのはスペインの携帯電話では日本のようにジャラジャラと飾りをぶら下げている人を見かけない、と言うよりストラップさえ付けていない。というのはストラップを付ける穴が開いていないのだから…。

2006年07月24日

第62回 ハエン/Jaen

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今回はアンダルシアのオリーブ畑に囲まれ、サンタ・カタリナ丘陵の頂上にそびえ立つ、とっても素敵なパラドールを紹介しましょう。

Parador"Castillo de Santa Catalina" サンタカタリナ城のパラドール

ハエンの町中から小高い岩山サンタ・カタリナ丘陵の頂上を臨むと城壁と大きな石造りの立派な建物が見えます。標高760mの岩山の頂上には城壁と大きな塔が残っているのですが、それに一体化するように隣接して花崗岩の素晴らしい建物が建てられたのがこのJaenのパラドールです。
ハエンの町はカルタゴ統治下の時代にはすでに都市機能が形成され、ローマ時代には大都市となり、11世紀にはタイファ王国の首都となりました。イスラム教徒の城跡に13世紀レコンキスタの王様フェルナンドFernando三世が建てたのがこの残った城であり塔なのです。その敷地内に1965年パラドールが造られました。全て新しい建物ではありますが、旧城塞と一体化されたパラドールは古城の雰囲気をそのままに建築されています。

広い建物の中に部屋は45部屋のみ、内装はシンプルで広々しています、きれいな床タイルが素足にとても心地よい。部屋からは眼下に広がる町並みや夕焼けが素晴らしい。ここのサロンの広さと天井の高さには圧倒されるでしょう。石造りのサロンは10m以上の吹き抜けとなっていますが天井はSanta Catalina城のサロンの天井そのまま真似たものです。このサロンに隣接してレストランがありますが、ここもアーチが連なり鉄製の重厚なシャンデリアが中世の雰囲気を演出しています。

このパラドールから堅固な石造りの城壁に沿って、丘陵の先の展望台までの散歩コースは眼下にハエンの街並みが見下ろせる素晴らしい散歩道です。先端の展望台まで行くとハエンの大聖堂(Catedral)の壮大な姿が見えます。この大聖堂の礼拝堂にはキリストの顔Santo Rostroが残る聖骸布として、聖女ヴェロニカがキリストの顔をぬぐうのに使った布の一枚が納められています。

ハエンから北東に30km程、アンダルシアとラ・マンチャの境界にはオリーブの木に囲まれた静かな町バエサBaezaがあります。多くの建物は金色に輝き過去の繁栄の歴史が偲ばれます。
アンダルシアで最初にレコンキスタによってキリスト教徒に奪回された町で(1227年)タイファ王国の首都でもあったのです。その後1595年には大学も創設され19世紀に解散されるまで続いた歴史的な町です。
1570年から1593年に改装されたカテドラルの中は実に美しく、展示されている金銀製聖体顕示台はキリスト聖体の祝日には行列に加わって外に出ます。


*雑文館*

☆ KioscoとEstanco

日本でキオスクと言えば駅構内にあるコンビニを小さくしたスタンド型の売店だが、スペインでのKioscoはだいぶ違う。外からの様子だけを見ると街頭にあるだけで日本のキオスクとよく似ている。ただ、日本のキオスクは商品が数百種類もあるそうで小さなコンビニとも言えるのに対してKioscoは新聞、雑誌がほとんどであとはせいぜい絵はがき位しか売っていない。新聞配達の習慣がないので会社員は出勤途中に購入することになる。

種類はキオスクよりは多く、スポーツ新聞や英字新聞はもちろん、カタルーニャ語やバスク語の新聞も売っている。雑誌の種類も多く小さな書店並にあるが、日本では発売できない「ポルノ」も売っている。一応ビニールがかかっていて立ち読みは出来ないが1冊4,5ユーロ、買っても損はないだろう。ただし持ち帰って空港で没収されても責任は持てないが。。。
絵はがきは基本的に一枚売りだから気に入った絵はがきを日本に出すのもいいだろう。ただし切手はKioscoには売っていない。

タバコや切手を売っているのはエスタンコEstancoという。Estancoはタバコ専売店として誕生し(多くはtabacoという看板がある)たが、ここではタバコ以外に切手、ライターやガム、チョコレートといったお菓子や文房具も置いてある。こちらの方が日本のキオスクに近いかも知れない。

2006年07月23日

第61回 アンテケラ/Antequera

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。今回はアンダルシアのパラドールのなかでも穴場的なアンテケラを紹介しましょう。グラナダ、カルモナといった有名なパラドールの中にあって観光客も少なく比較的予約の取りやすいパラドールと言えるでしょう。しかし高速道路の発達しているスペインに於いてはどの観光地からも近く、とりわけクルマで旅行される方にお勧めしたいパラドールです。

アンテケラのパラドール Parador de Antequera

アンダルシアの白い町アンテケラの町外れ、マリア・クリスティーナ公園に隣接して味わいのある美しいパラドールが建っています。赤茶の屋根瓦に白い壁がまぶしいアンダルシア特有の建築様式で建てられたリゾートタイプのホテルです。アンテケラはあまり知られた名前ではありませんが、その歴史は古く有史以前の遺跡も数多く残っていると言われています。中世15,16世紀にもグラナダ、セビージャ、マラガを結ぶ交通の要所として沢山の宮殿、修道院、教会が建てられているのです。このパラドールも新しい建物ではありますが、かつての修道院跡に建てられています。
以前は仕事で滞在する人が多いパラドールでしたが、最近は、Granada、Malaga、Sevilla、Rondaと言った有名観光地に近いこともあり長期滞在の観光、保養を目的とした宿泊客が多くなってきました。その他、地元住民の結婚式の会場や各種催し物、パーティ等に利用されることも多く、特にオフシーズンはないといいます。めちゃくちゃ混み合うということは無いようですが、予約はやはり早めが良いでしょう。
広々した玄関ロビーを抜けると、このパラドールのメインサロンへ下がる階段があります。そう、このパラドールは丘の斜面を利用して建てられており、エントランスは2階にあり庭の敷地の部分には降りていくことになるのです。このサロンがこのパラドールの全てを表していると言ってヨイでしょう。広々として段差の少ない階段、全て吹き抜けの広大なサロン、そして庭に面してはガラス張りの大きな窓が広がっています。

その庭の先にはプールサイドのパラソルや安楽のベッドが並んでいる。板張りの天井と床タイルの組み合わせで落ち着きのあるレストランからは夕日が眺められます。ここのレストランでは鯛の塩釜が食べられるのです、作り方は日本のものと全く一緒(それにドレッシングのようなソースかけるがそのままが美味しい?)、たまにさっぱりした料理が食べたいときにはお勧めの一品です。

勿論、部屋も広く、全てにゆったりリラックスできるのがこのパラドールの特徴です。その上、マラガは勿論、グラナダやセビージャにも日帰り観光ができる近さにあります。特に歴史のあるパラドールではありませんがこのロケーションの良さは利用価値大だろう。
夏の暑いアンダルシアではこんなパラドールでシェスタを楽しみ、日差しが少し弱くなった夕方から観光地に出かけるのも一つの方法でしょう。スペインの夏の夜は長い、午後10時頃までは明るいし12時頃まで子供を連れて歩くのは少しも不自然ではない、郷に入りては。。。である。
パラドールでは町のツァーや南方16kmにある廃墟状の巨大な石灰岩が堆積しているエル・トルカルEl TorcalへのExcursionも相談ににのってくれる。


*雑文館*

☆ シェスタ

夏のアンダルシアは暑い、ヨーロッパのフライパンと言われるとおり、日中では40度を越すことも希ではない。この暑い夏を乗り切るために考えられたのであろうかと思うのが「シェスタ」だろう。さすがにマドリッドやバロセロナの大都市に勤める会社員には習慣としては無くなりつつあるが、猛暑の午後2時から4時過ぎまではゆっくりと昼食を摂って午睡を楽しみ夜の活動に備える?のだ。スペイン人に言わせると「シェスタは一日を二度楽しむためのモノ」と言うらしい。

第二次大戦中にフランス国境の町オンダリビアでヒットラーと会談していたフランコ将軍が午後二時に昼食を摂りに行くと行ったきり五時過ぎまで戻って来なくてヒットラーを大いに怒らせたという。この時間帯、町中を歩いているのは観光客ばかり、開いている店も観光客相手の土産物屋やバル、レストラン、それに冷房の効いたデパートくらいでチョット気の利いた洋服や靴などのファッションの店もみなシャッターを下ろしてしまうのだ。このシャッターが上がるのが午睡から目覚めた午後5時か6時頃、町の人々も一斉に通りに出てきていっぺんに賑やかになる。その代わり夜は遅い!午後11時でも広場では子供達がサッカーボールを蹴っているし、12時に子連れで散歩やレストランでの食事も全然珍しくない。しかし、この時間にはツァーの観光客は昼の観光の疲れでグッタリとホテルでお休みだ。

スペインの夜には、乾燥した心地よい空気に触れながらの散歩、バルの梯子、ライトアップされたカテドラルや宮殿の見学など楽しみがいっぱいだ。もし貴方がツァーの旅行客ではない場合、或いは自由行動の一日だったら是非スペインの「シェスタ」を楽しんでは如何だろう?これがパラドールに泊まっているのなら最高だ、部屋でも良いが、芝生の広がるプールサイド、落ち着いたパティオやサロンのゆったりした椅子に身体を預けてウトウトするのも気持ちがいい。

2006年07月20日

第59回 アルコス・デ・フロンテーラ

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今回はアンダルシアの美しい白い町アルコス・デ・フロンテーラの頂上に立つパラドールを紹介致しましょう。

Parador"Casa del Corregidor" 代官屋敷のパラドール

シェリー酒で有名なヘレスの街から31km、グアダレテ川を見下ろす小高い丘に広がるアンダルシアの白い町がアルコス・デ・ラフロンティーナです。町全体が国の重要文化財地域に指定されていて、特に頂上のカルビド広場を中心として、付近はパラドールの他に城塞跡やサンタマリア教会とともに中世そのままの旧市街を形作っているのです。

このパラドールは元、15世紀には王室の代官屋敷だったもので、後に司教の館となり、その後ナポレオン軍の侵攻で破壊されたものを元の建物の基本的部分を壊さないように改装増築して作られたものです。クルマでない人は、丘のふもとのバスターミナルからは歩くと30分かかるのでタクシーか町営のミニバスを利用することになります。頂上までの7,8分、時折一方通行の混じる細い道をくねくねと曲がりながら登って行きます。勿論ツァー客とて、大型のバスが通れないので、同じに歩くかミニバスを利用しなければなりません。パラドールは客室の数も少なく全体的にこじんまりしています。パティオもサロンも小さめですが、それがかえって落ち着きを生み出しているのです。レセプションで手続きを終えて中に入ると先ず目に付くのがアーチ型の天井をもつ長い廊下、そして中庭でしょう。色使いもさることながら、飾り置かれた調度品がいかにもパラドールらしさを演出していてとても美しい。

アルコは英語のアーチ、それで廊下、レストランとやたらとアーチが目立ちます。
パラドールから毎日10:30,12:00,18:30と市内徒歩ツァーがあり宿泊客は無料で参加できます。(英語ガイドあり)ヘレスの街まで行きへレス酒の製造見学が出来る酒蔵に行くのも良いでしょう。もちろん、市価より安くお土産を買うこともできます。


*雑文館*

☆ フラメンコ

フラメンコの語源には諸説ありますが、1517年に狂女王フワナに代わって王権を執行するためにカルロス5世がフランスからやって来たときに連れてきた柄の悪い下品な兵隊を指した言葉だと言われています。これがいつの間にかアンダルシアの下品なジプシーを指すようになり、そのジプシーの踊りを指すようになったというのです。或いはアンダルシアの俗語で「はでな」「だてに気取った」のフラメアンテflameanteに由来するなどの説が有力です。いづれにせよフラメンコはジプシー抜きには考えられない音楽と言ってよいでしょう。スペイン南部に古くから伝わっていた民族音楽や舞踊に、15世紀東方から移住してきたジプシーの歌や踊りが混ざり合って現在のフラメンコが出来上がったと言われています。しかし一般のスペイン人に注目されたのは19世紀も後半、現在のようにスペイン民族芸術として世界に広まったのは20世紀に入ってからでした。

喉の奥から絞り出すような歌声(カンテcante)に官能的な踊り(バイレbaile)とギター演奏(トーケtoque)の絶妙なハーモニー。これに手拍子(パルマスpalmas)と指鳴らし(ピートスpitos)かけ声(ハレオスjaleos)が雰囲気を盛り上げていくのです。特にフラメンコギターによるラスゲオrasgueoと呼ばれる弦のかき鳴らしは独自の音楽芸術を作り上げています。

我々観光客がフラメンコに触れるのにはタブラオtablaoに行くのがよいでしょう。フラメンコを演ずる為の舞台を設けレストランや酒場をを併設しています。アンダルシアのセビージャやマラガだけでなく現在はマドリッドやバロセロナにも多くの店が開いています。ショーは10時頃から始まり午前0時頃に終わります。が、これは観光客向け、地元のファンはそのアト午前3時、4時まで本格的なフラメンコを楽しむのだそうです。

2006年07月19日

第58回 ウベダ/Ubeda

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今日はかつてレコンキスタの拠点となったウベダにある中世の味わい深いパラドールを紹介しましょう。古い建物に囲まれたバスケス・デ・モリーナ広場の中心に位置する司教長オルテガの館だった建物です。

Parador"Condestable Davalos" ダバロス総帥のパラドール

ハエンの町からクルマで約1時間、ひまわり畑、オリーブ畑に囲まれたアンダルシアの丘の上にある町Ubedaに辿り着きます。町の中心マヨール広場から歩いて10分、旧市街の中心地バスケス・デ・モリーナ公園の正面に建つのがUbedaのパラドールです。すぐ隣にはエルサルバドール教会、前にはサンタマリア教会と周囲は歴史的モニュメントが立ち並んでいます。

名称にあるタバロス総帥というのはレコンキスタの時代に活躍したUbeda出身の人物です。しかし、このパラドールは、このタバロス総帥の屋敷というわけではなく、CARLOS5世のこの辺りの領地を管理していた、そしてすぐ隣のSalvador教会の主司教であっOrtegaのお屋敷だったところです。16世紀に建てられたこのお屋敷は1929?1930年にパラドールとして蘇りました。2階のガラス張りの回廊からはサルバドール教会の塔の先端が浮かんで見えます。特に夜のライトアップが何とも幻想的で美しい。昔の部屋に手を加えてそのまま客室にしているものもあり高い天井などなかなか雰囲気があります。昔の部屋に手を加えてそのまま客室にしているものもあり高い天井などなかなか雰囲気があります。ルネッサンスの遺産が今に残るUbedaらしい建物と言えるでしょう。
酷暑の夏は75%位の予約率ですが、他の季節はかなり混みます。日本からのグループもかなり利用しているようです。
景観の良い部屋は中庭に面したものですが、Salvador教会の正門が見える部屋はライトアップされた教会の夜景がきれいです。

趣のある町中をぶらつくも良し、しゃれたバルで一杯やるのもお勧めです。


*雑文館*

☆ アンダルシア

スペインを思い浮かべる言葉といえば「闘牛」「フラメンコ」白い村」「灼熱の太陽」「地中海のリゾート」ッといろいろあるでしょうがこれらは皆アンダルシアを代表する言葉でもあるのです。実際、スペインを観光する人のホトンドの人たちはアンダルシアを廻るのではないでしょうか?
アンダルシア地方とはウエルバ、セビリア、コルドバ、ハエン、カディス、マラガ、グラナダ、アルメリアの8県、大ざっぱに言ってしまえばスペインの南部一帯、セビリアの大聖堂、アルハンブラ宮殿、メスキータ、ロンダを始めとする正に観光のハイライトが点在する地域でもあるのです。

一年中温暖で(夏は些か暑すぎるが…)ヨーロッパ中、いや世界中から観光客が押し寄せ、さぞかし豊かな地域だと思われますが、このような観光客が押し寄せるようになったのもスペインが国際社会に認められるようになった1950年代以降で、大地主による土地所有制度で貧困にあえいでいたと言われてます。ヨーロッパに南北問題があるようにスペイン内部にも北部カタルーニャやバスクの所得の高い地方と南部アンダルシア地方の貧しい地方があるのです。

現在でも出稼ぎが多く、アンダルシア地方の平均所得はスペイン50県の中でも最低の方にランクされています。しかしながら陽気で人なつこい人柄、仕事はあまりせずに暇があれば朝からVINO(ワイン)を飲んで唄って踊ってお喋りをして時を過ごすのです。
「北部のヤツらは人生の楽しみ方を知らない大バカさ!」と言いながら…。

2006年07月18日

第57回 ビジャフランカ・デ・ビエルソ/Villafranca de Bierzo

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今回はサンティアゴ巡礼路の難所にある美しい村ビジャフランカ・デ・ビエルソのパラドールを紹介しましょう。
セブレイロ峠を目の前にしてどれだけ多くの巡礼者達が、この村で無念の涙を飲んだことでしょうか…。

Parador de Villafranca de Bierzo

ビジャ・フランカ、この美しい名前の村はフランス人巡礼者の為に作られたことに由来し、現在はマドリッドからア・コルーニャに至る国道沿いに或ります。当時はフランスからピレネーを越えてやってくるサンティアゴ巡礼者達にとって最後の難関路セブレイロ峠(1300m)越えの入り口にあり、暫し休息を得る為の村だったのです。
このセブレイロ峠とはマドリッドーア・コルーニャの高速道路でも最後まで舗装工事が残った程の難所なのです。その為にこの村には無念にもサンティアゴ詣でを諦めざるを得なかった人々のために、同じ名前のサンティアゴ教会があり、ローマ法皇はこの村のサンティアゴ教会を参拝した巡礼者にはサンティアゴの巡礼が完了したと認めたというのです…。17,8世紀には巡礼者達で賑わったこの村も現在は人影もまばらな過疎の村となってしまいました。しかし、この歴史に残る寂れた村は、今なお多くの教会が点在しており、スペインのもっとも美しい村の一つとして観光客を集めているのです。

この地のパラドールは歴史のある建物ではありませんが高原のリゾートホテルを感じさせるガリシア風の落ち着いた建物です。
門を入ると花で飾られた美しい庭が建物まで続き、バルやレストランの窓にも花が飾られとても暖かみを感じさせるアットホームなパラドールです。館内も広くはありませんが、落ち着いた上品なインテリアが旅の疲れを癒してくれるでしょう。

パラドールから歩いて5分ほどのところに石造りの大きな古びた宮殿があります。住んでいるひとが居るらしく小さな窓から明かりがもれています。その他にも町の中を散策すると古い教会などの歴史的建造物に混じってびっくりするほど立派な屋敷が多いのに驚かされます。しかし、夏の別荘にでも使っているのでしょうか、あまり人の気配は感じられません。
この町はそんな昔の面影に浸りつつのんびりと歩くのに最適な町かもしれない…。


*雑文館*

☆ サンティアゴへの道(Camino de Santiago)

サンティアゴとはイエスキリストの12使徒の一人聖ヤコブのスペイン語名です。エルサレムで殉教したヤコブの遺骸が9世紀になってガリシア地方で(伝説の通りに)発見されたことによりサンティアゴの大聖堂が建てられるのです。

巡礼路にある街々の風景(1)

ヨーロッパ中から巡礼者が訪れ、レコンキスタ(キリスト教徒によるイスラム教徒からの国土回復戦争)の波に乗ったこの地はキリスト3大聖地の一つとして最盛期(11世紀)には年間50万人を超えたと言われます。そして街道沿いには教会、修道院、宿泊所や救護院が整備され巡礼者を護るための騎士団も結成されたのです。巡礼路と言っても、ポルトガルやイギリスからの海路など道も無数にありましたが何と言ってもフランスからピレネー山脈を超える4本の道(パリ、ヴェズレー、ル・ピュイ、アルル)が有名です。
これらの道はスペインの国内に入り2本となりやがてプエンテ・ラ・レイナで合流するのです。

巡礼路にある街々の風景(2)

今でも、平和の象徴のホタテの貝殻の付いた帽子を被り、希望の杖、救いの水筒をもってフランスから全行程を徒歩で旅を(2ヶ月以上かかる)している巡礼者も居るのです。もちろん最近はバスや鉄道を利用したりする人が圧倒的に多いのですが、それでも巡礼路にある中世の町を訪ね、巡礼者の雰囲気に浸るために1,2週間歩く人はたくさんいます。また、それらの人の為に宿泊施設として解放されている民宿や修道院等もたくさんあります。

巡礼路にある街々の風景(3)


2006年07月17日

第56回 トルデシージャス/Tordesillas

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今回は大航海時代にスペインとポルトガルで世界を二分した「トルデシージャス条約」で有名な町トルデシージャスのパラドールです。]

Parador de Tordesillas

トルデシージャスのパラドールはサラマンカ、バジャドリド、サモラなど大都市に挟まれた重要な交通の要所ということで、政府経営によるアルベルゲとして開業されたものがパラドールに姿を変えたものです。トルデシージャスは歴史的にはスペインのカトリック両王とポルトガルのジョアン2世との間で勝手に大西洋を二分する条約が交わされた場所として名高い場所です。
このトルデシージャスから南へ1.5km、ドウエロ川を渡った閑静な唐松林の中にひっそりと佇む落ち着きのある上品な建物の客室は静寂と安らぎを与えてくれるでしょう。

アルベルゲがパラドールとなった所は他にも十数カ所ありますが、通常はこじんまりとしたパラドールが多いのですが、此処トルデシージャスは広大な敷地にレストラン、会議室、客室、サロン、大きなプール、そして別棟には結婚式などに利用されるコンベンションホールまである贅沢さです。

リゾートとしての雰囲気をもつこのパラドールは一般の観光客よりも長期滞在のバカンスを楽しむ家族連れが多く、商用の滞在客、そして結婚式や会議にと幅広く利用されているのです。
部屋もサロン、レストランも取り立てて豪華というわけではありませんが広々として明るく清潔でとても心地よい雰囲気があります。

宿泊客の75%はスペイン人で、冬の閑散期(11月?1月)には会社の会議等に利用されています。94年にはスペイン国王も宿泊され、政治家なども立地のよさから宿泊する事が有るということです。



*雑文館*

☆ トルデシージャス条約

1493年3月第一次航海からコロンブスが帰るとスペインのカトリック両王はその発見した諸島の領有権をローマ教皇に願い出ますが、すでにポルトガルにも1479年のアルカソバス協約によって以後の発見地の領有権を与えていた教皇アレクサンデル6世は、アソーレス諸島とベルデ岬諸島西方100レグア(約560km)の地点を通る分割線をを引き、その西方地域をスペイン領土、東方地域をポルトガル領としました。

その後、ポルトガル王ジョアン2世はカトリック両王と折衝し、スペインの領有権をベルデ岬諸島西方370レグア(約2060km)の地点に改めさせて1494年6月7日にトルデシージャスにおいて条約が締結されたのです。いずれにせよ、大航海時代にはこのように勝手に未開の地をスペインとポルトガルで地球を分割してしまったのです。しかしこの分割の線引きが西方に変えられたことによってブラジルはポルトガルに支配され、現在も南米唯一のポルトガル語圏となっているのです。

そして、このトルデシージャスの町はその後、カトリック両王の次女、「狂女王フワナ」がのちに幽閉される土地でもありました。

2006年07月15日

第55回 リバデオ/Ribadeo

はろはろ!こんにちは?!"よっぴ"の「パラドール紀行」です。
今回紹介するのはカンタブリ海エオの入り江に建つ美しいリゾート、リバデオのパラドールです。

Parador de Ribadeo

スペイン北部最大の町、ア・コルーニャからオビエド、サンタンデールに向かう国道がカンタブリア海に出会うところが、リバデオの町です。リバデオの町の入り口にパラドールはあり、近くのカンタブリ海に注ぐエオ川の河口ではサーモンやマス釣りが盛んです。ガリシア様式で建てられたこの建物は海沿いの崖を利用して造られており、外の道路側からは2階建てにしか見えませんが、海側からは堂々とした5階建てです。

もちろん、各部屋からは海が真正面に見えます。
ガリシア特有の白い枠で囲まれた大きな窓は部屋のバルコニーは勿論、レストランやサロンもサンルームのように、冬でも明るく暖かです。

眼下に広がるヨットハーバーの先には、部屋はもちろん、レストランやカフェテリアからも入り江の対岸にアストゥリアスの村々が織りなすのんびりとしたガリシア独特の風景が楽しめます。